2013年3月30日土曜日

夫と妻と犬と私  ⑩




    東京にある「ハーネマンアカデミー」の学長永松昌泰先生の講義を
   (テープで)聴いていた時、ある、とても大切な概念に出逢った事がある。




         アンコンディショナル ウォーム (unconditional warm) 



    という言葉だ。永松先生の授業はどの一瞬をとっても含蓄深く心に沁み入る
   名講義なのだがこの言葉は特に忘れがたい。



    つまり、ホメオパスというもの(セラピストというもの)あまねく患者の
   状態や状況に左右されてはいけない。どんな患者が現れてもどんな話を聞いても
   患者の精神状態に移入してしまったり患者を、裁判官が被告にするように
   「裁いて」しまってはいけない、と言う事だ。
   
   永松先生のブログ
   http://www.hahnemann-academy.com/blog/



    このアンコンディショナル ウォームと言う言葉は実はホメオパスだけではなく
   全ての医療従事者、ひいては人生のあらゆる場において真理となる態度なのだと
   いう事を後に知った。人はすぐに他人を裁いてしまうから。言葉や態度に出さなく   ても頭の中ですぐに善悪の判断を下してしまうから。




    特に、誰かが誰かを治したい、癒したいと思う時には患者の「人生」は情報と
   してきわめて重要であるが、それをそれとしてありのままに見ないで、常識や主観   に捕われてしまうと判断を誤る。治療家の患者に対する態度というのはきわめて
   微妙でかつ厳しいものなのだ。




    職場にいるときの私は極力努力している。吉岡綾子という「個」とセラピストと   してのフラウ ヨシオカをいつでも幽体離脱させられるように。




    そして今回、ガルミッシュのおばあちゃんとその元夫の治療にあたっては
   その「技(わざ)」ひとつに全ての勝敗がかかっていたのではないかと
   思えるほどだった。



(つづく)



          

       Tölzer Knabenchor - 中田喜直 - ちいさい秋 みつけた




    

2013年3月29日金曜日

夫と妻と犬と私  ⑨





     精神科医である彼は女性心理に詳しい(?)のか毎日私を喜ばせる
    「しかけ」を用意して来る。見ようによっては、私を口説こうと思っている
     としか思えないはしゃぎぶりだ。




    『吉岡さん、今日の新聞に「古き泉」という詩が載っていたよ。
    誰の作品かわかるかな?一つ朗読してみよう。』
    (女性に詩の朗読をして喜ばせようなんてなんとクラシック!)





     『さて、ここで問題です。世界中のソロコンサートに自分のピアノを
     運び入れていたピアニストの名前を当ててください。』



 どちらも私にとっては易しすぎる問題。ちなみに最初のはカロッサで後のはポリーニ。
私にとって易しすぎる導入に始まってお互いが楽しめるような話題に少しずつ持って行くという心憎い演出。



 私の子供がかつてテルツ少年合唱団に属していたときいて喜ぶのなんのって、何と
彼はテルツ少年合唱団の創設者兼指揮者であるシュミットガーデン教授の音大時代の
ご学友らしい。




 もう、本当に毎日毎日彼との会話が楽しみでしようがない。そしてガルミッシュのおばあちゃんの治療に当たっては彼女の人生に涙するのだ。ああ、なんてひどい夫を持って
かわいそうな目にあったのだろうって。





 私とドクターはただただこの二人の元夫婦に翻弄され続ける一週間を送った。





(つづく)






         テルツ少年合唱団。画面の前列中央に映っているのが
       長男。ただし3年前。

2013年3月28日木曜日

夫と妻と犬と私  ⑧




   『でも私が離婚を決意したのは彼が子供を愛さなかったせい。』



『あなたもご覧になってお分かりの通り、彼はありとあらゆる才能に恵まれて人を惹き付けずにはいられないわ。しかもほとんど何も努力らしい努力をしていないの。
ああいうただの天才には色々と理解できない事がたくさんあるのよ。
例えば彼は子供を特に望まなかった。彼は「愛」という言葉がわかっていないのよ。』





 「愛」というのは動詞であって名詞ではない、といいますよね。そこにあるものではなく行為によって実感するものなのだと。



 『そう、そうなの。まさにそれだわ。パーシーは彼のように優秀な秀才ではなかったわ。でも十分普通によい子だったし何の問題も無かった。けれどあの人はどこまでも
子供に無関心だったしパーシーが赤ちゃんの時からただの一度も抱きしめたりかわいがったことすらないのよ。』



 ええ〜!!なんてかわいそうなパーシー!そうだったのか、おまえさん、苦労してたんだあ。だってパーシー、この数週間毎日5時起きでご老人たちの運転手やってるじゃ
ない。




 『次に妊娠したとき中絶を強要されるのが怖くて5ヶ月になるまで夫にはだまっていたの。彼は医者だから堕胎させてくれる医者仲間なんていくらでも知り合いがいるもの。
娘の事もやっぱりかわいがりはしなかったわ。でもいいの。私はその頃もう、離婚に
ついて考え始めていたから、そして夫を大切に思う気持ちがもはや尽きてしまっていた
から愛情を注げる他の対象が欲しかったの。』



 ううん、そこらへんは感性がいまいちわかったようなわからんような気もするが
とにかくそういうことなんだ。



 『パーシーが10歳になった時、進学を控えてこういったの。
 ママ、ママがパパと離婚しないなら僕は寄宿舎のある学校へ行くよって。
その一言で踏み切ったの。彼の方は離婚したくなかったんだけれど私の方で
押し切ったわ。彼の4人の妻のうち子供を持ったのは私だけなんだけど子供を持った  事もあのとき離婚した事も全部正しい選択だと思っているわ。こうして時々彼に会う  と今は古い友人のような気持ちで会えるけれど「妻目線」で彼を見るとその度に
ああ、あのとき離婚して本当に良かったって心から思うわ。』



 ドイツの小学校は4年生まででこちらの子供は10歳で重大な進学の選択を迫られる。
そんないたいけな頃に大変な危機を経験した訳だ、パーシー、おまえさんは。ううん、
すっごい同情しちゃったよ。それでも大人になった今、きちんと父親に接しているし。
運転手なんかしちゃって十分役に立つ息子じゃないの。




(つづく)






           フィテウマ へミスファエカムという難しい名前の花
           ガルミッシュに咲いている。




2013年3月27日水曜日

夫と妻と犬と私  ⑦




              彼は彼で大変感動していた。




 とても病院とはいえないうちの病院の全てに大感激していた。これは「ふり」では
無かったと思う。ドクターとお茶を飲みながら歓談したりごはんを食べたり、
私もたくさんお話をした。彼は病院にやって来てまさか文学修士号を持ったアシスタントがいるとは思っていなかった(そりゃあそうだ)ので大いに驚いてくれて
文学の話、音楽の話、医学の話、もうお互いに話題は尽きない。


 ああ、彼ってなんて素敵なのおってとろんとしながら施術を終える。(彼はくるぶしの
複雑骨折の後遺症に苦しんでいらした。)そしてその足で今度はおばあちゃんの
治療室へ向かう。



 一旦ドアを閉めるとそこにはおばあちゃんと私だけが培って来た二人だけの「空気」
がよみがえる。



 これがプロってことなのか私ってただただ節操というものが無いだけなのか
すううっと彼女の「反 • 元夫、嫌 • 元夫」の空気に包まれる。そうだった、
彼女の病気の原因はあの元夫だったんだ。彼女はかなり神経がまいっているらしく
あるいは彼のペースに流されないようにと私への警告なのか、彼のエゴイスティックな
過去を暴く。なぜ彼と別れなければならなかったのかを次々と説明する。


   『彼と結婚した直後にね、私、彼から誰とも交際しちゃいけないって
   言われたのよ。なぜって彼は北ドイツの出身でしょう?私のバイエルン方言が
   恥ずかしくってしょうがないって言うのよ。パーティも一切だめ。公の場には
   出るなって本当に禁止されちゃったの。』



 あの、おばあちゃんのドイツ語ってかなり標準語に近いと思いますけど(パーシーは
すごいガルミッシュ訛りだけどね)、おばあちゃんの言葉のどの辺りがだめだって
ご主人はおっしゃったんですか?


   『例えばイッヒ ハー( Ich habe =私は〜) って言わなきゃいけないって
   イッヒ ハ(Ich hab')なんていうとダメなんですって。』



 嘘!私なんてしょっちゅう使ってる!こういういい方って学校で習うものじゃあ
なくって周りの人がみんな使っているから教科書的な用法より親しみがあるものかと
思っていたけれど。スラングというほどでもないしいいかと軽く考えていたけれど気を
つけなくっちゃ。私、ついさっきまで彼女の元夫との会話を頭の中で復習してみる。
ああ、いっぱい使っちゃったよ、イッヒ ハプ、イッヒ ハプって。ああ、恥ずかしい!



(つづく)





       今日はマイ記念日。私が病院で勤めだしてから1年が経ったのです。
      大輪の薔薇を一輪買って来て受付に飾りました。
      (写真は別の方のブログから拝借したものです。スミマセン。) 





2013年3月25日月曜日

夫と妻と犬と私  ⑥




               ぽわわ〜ん。




      とろけるような感触。もう、一目惚れ。なんて素敵なお方。



 彼の事をどう表現したらいいのだろう。顔立ちはアルプスの少女ハイジに登場する
アルムのおじいさんをもう少し細くしてインテリジェントにした感じ。端正な顔立ちが
知性の光を受けてオーラを放っている。



 賭けてもいい。彼はこれまで84年間(!)の人生で出逢った女性という女性の
ほとんどを魅了して来たはずだしきっとその数数百人は下らないはずだ。
そして彼は自分の魅力を意識している。穏やかに微笑むそのまなざしはしかし
奢りなき謙虚さに満ちている。




 信じられない。あれだけ事前にガルミッシュのおばあちゃんから彼の悪口を
聞かされていたのに、今はそれらの何一つとして思い出せない。あと16年、
彼に遭うのが早かったなら、そして彼にプロポーズなんてされちゃったらお受けしちゃうかもしれない。どうしよう。(どーしようって何も心配する必要ないんだけどね。)
でも、彼のまなざしと彼の微笑は私を魅惑しようとしているように、そして
個人的な意図があるかのように映ってしまうのだ。




 こんなに素敵な方だったんだ。おまけに肩書きは元医学部の大学教授兼音楽家
(オルガニスト)。医学部と音大と両方出ている。



 ガルミッシュのおばあちゃんの持っている高貴で華やかな雰囲気が彼のオーラと
マッチしてもはやベルばらの世界(?古過ぎ?)。これが夫婦だなんて
エキセントリックとはこのこと。彼の4人の妻のうちの2番目の女性を伴って
いけしゃあしゃあと「私の妻」と呼ぶ。




 彼が魅了するのは女性だけではない。うちのドクターも、あの、独特のオーラの
持ち主さえ彼に圧倒されているのが(私には手に取るように)わかった。



 もちろん私は普通に接したつもりだし先生もそうだったけどね。



(つづく)






        やっぱり今日はベルばら。この漫画の大部分のエピソードが
       ウイーンを代表する作家シュテファン•ツヴァイクの
       「マリー アントワネット」に由来しています。名作を下敷きにした
       厚みのある華やかな作品でしたね。








2013年3月24日日曜日

夫と妻と犬と私  ⑤



   
        2週間の間にミュンヒェンでは3回雪が降った。




 ミュンヒェンでの普通の「雪」はガルミッシュでは「大雪」を意味する。
車が出せないほどの。だからおばあちゃんは来れない。



 私が心配するまでもなくおばあちゃんの方から電話がかかって来る。
日本人の私にはドイツ人のおばあちゃんと中国人のドクターの会話は
ただの喧嘩にしか聞こえない。食事をどうとるべきか、西洋医の処方する
強い薬を飲むべきか否か、様々なテーマで大議論だ。



 おばあちゃんの容態は一進一退を繰り返しながらも少しずつ快方に向かっていった。
結果、おばあちゃんは5キロ痩せた。本当は喜ぶべきではないのだが当人は「身体が軽くなった」と大喜びしている。お通じもあり、(レントゲンを避けたため腸の閉塞部が
どうなったかはわからなかったが)とりあえず大丈夫そうだ。
本当に良かったね、おばあちゃん。


 予後のため、来週も通って来るという。3週間目に入って月曜日、 トップバッターの
患者さんの欄にはHr.&Fr. (英語でいうMr.&Mrs.にあたる)で彼女の名前が載っている。
うん、おばあちゃんとパーシーだよね、オッケー!と思って用意していたら • • • 。
でた!3週目になって現れたミスターとは新患さんだった。




            嘘でしょ!!




        おばあちゃんに伴われてやってきたのは噂の、元夫!!


(つづく)




      
      1936年ガルミッシュオリンピック冬季大会のスケートリンク。



2013年3月22日金曜日

夫と妻と犬と私  ④






      ガルミッシュのおばあちゃんはキビシイ。


    とにかく今度という今度は潔癖性をどこまでも貫いている。



 まず、朝7時過ぎにに病院にやって来る。私は6時15分には病院を開けて
一日の準備を整え最後に患者さん用のお茶(ジャスミンティーに中国ハーブを混ぜたうちのオリジナル)をポットに3杯分沸かす。私はそれとは別におばあちゃん用にお白湯を
用意して一人用の陶器ポットに入れておく。彼らは皆、猫舌族だから室温に冷めていなくてはならない。


 そのころおばあちゃんはやって来るが(5分ほど遅れて車を駐車場に入れた息子もやって来る)なぜか手にはキッチンペーパーを持っている。
ドアの取っ手やエレベーターのボタンを押す時に感染を防ぐためだ。


     『吉岡さん、おはようございます。』そして握手は行わない。徹底している。



     『吉岡さん、トイレの消毒薬が切れかけているわ。薬用ソープも。』



 ひゃああ、キビシイ!前後してドクターもやって来る。普段ならまずはお茶を飲みながら四方山話とともに体調の話に持って行き。さりげなく問診をするところだ。
が、今回はおばあちゃんの具合が悪いのでおばあちゃんは治療室へ直行。
お白湯を持って。
パーシーはゆっくりとお茶を(冷ました後)3杯くらい飲み待合室に置いてあるスナック類を一通り賞味する。そののち、やはり(別の)治療室に入る。彼は喘息持ちなのだ。




 おばあちゃんは暖房の効いた部屋でゆっくりと服を脱ぎパンツ一枚になって
診察台に横たわる。お気に入りの毛布とともに。ふとみるとベットの脇にまたもや
キッチンペーパーが敷かれている。床を裸足で踏んでばい菌をつけないようにだ。


  『今週いっぱいに便通が無ければ強制入院なの。レントゲンを見たでしょう?
  S字結腸が明らかに細くなっていて、ああ、入院したら絶対手術だわ。
  そして人工肛門処置をされてしまうのよ。』



 ううん、本当にそうかなあ。実は私、一昨年盲腸で入院したんだけど同室にやっぱり
腸閉塞で搬送されて来た女の人がいたんだ。最後の最後まで手術しなくていいように手を尽くしていたよ。手術も人工肛門は最後の手段だから他にも色々やり方があるみたいに
聞いてるけどなあ。でも、不安なのはわかります。おばあちゃんは80歳近い。



(つづく) 



ドイツ最高峰ツークシュピッツエ(2962mだったかな?)ガルミッシュにあります。
展望台の風景。実はケーブルカーが動いていて誰でも簡単に行けます。登山だと丸二日はかけないといけないらしい。

2013年3月21日木曜日

夫と妻と犬と私  ③




     『私には別れた夫との間に息子と娘がいるでしょう?
     だから夫には子供たちに会う権利があるのよ。それで
     一年のうち何回かは彼に会わなくっちゃいけないんだけど
     今回は彼がうちにやって来たの。奥さん連れて。』



 いやあ、すごい風景だなあ。元ご主人もご主人だし、ついて来る奥さんも
奥さんだと思う。



     『どこまでデリカシーが無くってエゴイスティックな人なんだろうと
     思うわ。だって子供たちのためにわざわざ我が家に来ているのに
     あれじゃあ、ただガルミッシュに観光に来て保養に来ているのと
     一緒なんだもの。うちが観光地ガルミッシュでペンションを経営
     してるからってただで泊まり放題やりたい事し放題なのよ。
     しかもね、奥さんったら犬まで連れて来たのよ。
     うちはペットお断りなの。前もって断りもせずに無断で連れて来て
     平気の平左よ。ペットはそれがどんなにおとなしくて清潔にしている
     犬でもペット可の宿泊施設でなければいけないのは常識だと思うわ。
     ねえ、吉岡さん、私のストレスわかってくれる?』



 わかりますわかります。お察しいたします。あの、ここまでストレス
ためちゃったんだから、次回からはこういうパターンは無しってことで
お話し合いになられてみてはいかがでしょうね。



    『ええ、私も真剣にそれを考えているところなの。ここまで明らかな
    心因性疾患が出てしまった訳だから彼らも少しは理解して
    くれるんじゃないかと思うんだけど。』



(つづく)



 これはガルミッシュのおばあちゃんが経営するペンション(本物)です。
宿泊の詳細をお知りになりたい方はご連絡ください。安くて評判いいようです。
ちなみにホームページの宿泊条件の中に「ペットお断り」と出ていた。




2013年3月20日水曜日

夫と妻と犬と私  ②





          緊急事態だ!



 ガルミッシュのおばあちゃんは腸閉塞になった。普通ならとっくに救急入院している
ところだ、が、おばあちゃんは西洋医療の病院に入院するのをかたくなに拒み
息子のパーシー(仮名)の運転でうちの病院にやって来た。
レントゲンだけ撮ってもらって、それを携えて来た。ものすごくおなかが痛むようで
とても辛そう。もともとテキパキした人だから次々に私たちに指示を出す(え?)。
毛布も持参。(うちの病院のは気に入らないんだって。)もう1週間以上お通じが
ないらしい。


 うちで出来る最善の処置をした。先生もすぐにお薬を出してその場で煎じた。
お灸もダブルでやった。指圧は最初は先生が私に手取り足取り教えながら
二人で一緒にやって私が要領を飲み込んだところで任された。他の患者さんも
次々にやって来たが基本的に彼女の処置が最優先だ。普段はとっても優しくて
人がいいおばあちゃんなのだが、もう、まさしく命がけって感じで
一つ一つの処置に文句を付け、先生と議論していた。



 元気だなあ、タフだなあ、って思う。すごいバイタリティー。日本の病院で
こんなことあるのかなあ?ドクターと大議論したり治療のあれこれに要望を
ごまんとつけたり。


 とはいえ、いつもは話し好きのおばあちゃんもさすがに無駄口をたたく気力はなかったらしくそれ以外の時間はぐったりしていた。こうしておばあちゃんは2週間毎日朝7時に
病院へやって来た。ということは、私は5時起きだ。こっちもぐったり。



 3日目だったろうか、おばあちゃんの具合はほんの少し良くなって来た。
そして私に語り始めたのだ。今回の病気の「本当の原因」を。



  『ねえ、聞いてくれる?私って普段からこんなに健康に気をつけてる人でしょう。
  この私がこんな病気になるわけないのよ。これはね、心因性なの。』



 「心因性疾患(プシヒョソマート)」という単語をやたらと強調しながら言った。




  『今ね、私のうちに別れた元の夫が泊まりに来てるのよ。』 



 はは〜ん、それか。続きは明日のお楽しみ。


(つづく)


           ガルミッシュ名物  スキージャンプ台

2013年3月19日火曜日

夫と妻と犬と私  ①




          私は舞台の袖にいる。




 シェイクスピアさんのおっしゃる通り、この世はまるごと舞台と同じ。




 今の職場に勤めだしてからいっそう強く思うようになった。ここは病院という
人間ドラマの舞台。私は司会進行役で傍観者。ときどき寸劇もやるけどね。



          そして神様は喜劇がお好き。



 なんでこんな事になっちゃったのか、ここ数週間、ある一家のドタバタ騒動に
うちの病院はどっぷりとはまり込んでしまっている。おかげで私は一週間の大半を
朝5時起きの寝不足状態で過ごしている。



 実はこの話を書こうと(もう、絶対書かなくちゃと)思ったのは先週の事だったのだが
つい間違えて(?)タトゥーの彼女の話を先に書いてしまった。彼女の治療は始まったばかりなのでこれからまだまだ進展があるかもしれない、しまったなあ、なんて考えていたらこれから描く一家の騒動の方がさらなる展開を見せ始めたので、おおう、今週まで
引き延ばした甲斐があったものだと(「天の配剤」に?)妙に感心してしまったりした。



 誰の事って、以前「あの世の存在を信じる彼女」に描いたガルミッシュのおばあちゃん
のお家のお話です。




 ガルミッシュのおばあちゃんが急病でうちの病院に再びやって来たのは2月の
半ばの事でした。




(つづく)

           

           ガルミッシュ•パルテンキルヒェン
           高速が渋滞していなければ車で30分かかりません。
           美しくて空気のきれいな町です。


 

2013年3月18日月曜日

TATOO ⑤





 『もう一度は18歳の時だったわ。通り魔に遇ったの。信じられない。またしても
襲われるなんて。
その時は警察に届けたけれど犯人はいまだに捕まっていないの。』



 『なぜ私だけがこんな目に遭うんだろうってノイローゼになってそのあと
カウンセリングとか色々なセラピーを受けたの。何とか人並みの社会生活を
送れるようになったのは最近の事。でも、とにかく強くならなくちゃいけないから
自分と向き合う意味で、決して自分の身の上に起こった事から目をそらさないようにと
タトゥーをしようと思い立ったの。』




    心理学に興味をお持ちになったのはあなたの体験と関係がおありなんですね。



  『そうなんです。まだ入学したてなので右も左もわからないんですけど、出来るなら
子供と関係がある分野を専門にしたいなあって思っています。』



    じゃあ、今のご病気も基本的には心因性なんですね。



  『そうなんですけど、基本的には全てとっても良くなってこの状態なんです。(現在彼女は30歳くらい。)身体が硬直してしまっていて一つ一つの動作が鎖に繋がれているようなんですけど、間違いなく自分のトラウマから来ています。』


    タトゥーをする事自体があなたの立ち直りのプロセスになったって
ことなんですね。



  『ええ、そう思ってこのタトゥーをしたんですけど、あの頃より今はずいぶん
穏やかな気持ちになれたので、今の私なら未来を見てこんな風に生きていきたいって
いう象徴のようなものを彫ってもらうと思いますね。背中に一面のお花が咲いてる
風景とか。』


こんな感じ?ちょっとこういう感性はわからんなあ。
  

 そうだよね。刺青って一度入れたらやり直しってきかないんだよね。でもこんな風に
人生と向き合っていくやり方があるんだなあってこっちが教わりました。





2013年3月17日日曜日

TATOO ④





         『ご家庭でお辛い事があったんですか?』





『いいえ、私の両親は私を愛情深く育ててくれたの。とてもいい家庭で育ったのよ。』




         そう、良家のお嬢様風は見かけ倒しではないのだ。



『これまでの私の人生で2度、とても辛い事が起こったの。とても仲良しの女友達が
いてね、その子のうちでお兄さんに性的暴力を受けたの。そのお友達のお家は名家で
うちの両親もとっても信頼していたから誰にも言えなくってとてもとても辛かったの。
逃げられないまま同じ事が何度か繰り返されたわ。そして悟ったの。本当の被害者は
私じゃなくって私の親友のその子だったんだって。その子はもっと前から暴力を
受けていてそして誰にも言えなくて一人で悩んでいた。私は、彼女がお兄さんから
逃げたくって私を「生け贄」としてお兄さんに捧げたんだって知ってもっとすごい
ショックを受けたのよ。
 結局私は誰にも何も打ち明けないまま色々と口実をつけてその女の子から離れたわ。
そりゃそうよね。他人なんだから彼女との縁を切ってしまえば全ておしまい。
あの子がそのあとどんな風になったか、もうその先はわからない。エリートの名家の
お兄ちゃんだからきっとあの子のご両親も取り合ってくれないだろうし、
起こってしまった事は元に戻らないし、何より当時、とてもそんな勇気は
私にはなかった。』





      『あの、その事件っておいくつの時の事なんですか?』



『私が8つのときなの。そのお兄ちゃんは15歳だったわ。』




 げげげげげ〜!そのお兄ちゃんって私の長男と同い年い〜!ああ、うちの子、
よもやよそさまのお嬢様とかにご迷惑なんておかけしてないでしょうねえ!!!


(つづく)




げげげつながり(?)で鬼太郎の図。本文の内容が重いのでちょっと気安め(?)の
つもり。ちなみに私の19歳の時のあだ名は「一反木綿」だった。
(それほど痩せていた。今は見る影もないが。)うちの長男は「ねずみ男」に
似ていると思う。



2013年3月16日土曜日

TATOO ③




 三寒四温と言う言葉があるが、ドイツのそれはかなり極端で、昨日まで
マイナス5度だったかと思うと今日はプラス10度だったりする。
今、まさにそんな時期で毎日の気温の変動が激しい。この冬はどちらかというと
暖冬だったと言えるし結局雪も大して降らなかった。我が家の雪かきも数えるほどしか
やっていない。
生暖かい空気が急にひやりとして雪がちらつき始める午後には空から綿帽子が
落ちて来るような風景になる。病院の窓から見ると天使の羽根かと見間違うような
ふわふわした白いものに街が覆われるのが見える。



    彼女が4度目にやって来たのはそんな素敵な午後だった。


    いつ見ても素敵な彼女。純白の雪はおあつらえむき。



 そして今日の施術の担当は私。指圧とお灸。1時間くらい彼女とお話しした。
彼女はグラフィックデザインのお仕事をしながら最近大学に通い始めたんだって。
心理学とグラフィックデザインかあ。じゃあ、失礼ですけど、このタトゥーも
あなたのデザイン?


  『ええ、タトゥー屋さん(?)でじっくり話して一緒に図案を練り上げて
  いったんです。これは私にとってとっても大切な過去の姿だから
  一生これを背負っていこう、目をそらさないでいこうって決心を固めるために
  時間をかけて作っていったんです。』


 これって、何か個人的な意味がありそうな感じですね。ね、あなたのお話、
伺ってもいいですか?



 今日の私はなんだか大胆。普通、相手が口を開くまでこちらから個人的な事は
訊かないようにしているんだけど、さっきの彼女の発言は彼女の物語を語りたがっている
ように響いた。うん、多分コレで正解。そう信じて尋ねてみたんだ。



(つづく)





2013年3月15日金曜日

TATOO  ②





    現代の西洋人が考える「地獄図」ってこんな感じなのかなあ。


 背中から肩にかけて悪魔の顔をした龍がにらんでいる。もう一方の腕にも
もう一人の悪魔がいる。下の絵の龍の顔の部分に「デスノート」の「死神」の
顔をくっつけた感じ。


ちなみにこれは京都建仁寺の双龍図(らしい)。こんな顔ならまだお茶目だと思うけど。



ご存知「デスノート」死神リューク。キャラはむちゃくちゃ可愛かった。




 彼女の背中の悪魔がにらんでいる先は小さな子供だ。膝を抱えてうずくまっている。
女性の裸体の図も小さく描かれている。




      はは〜ん、インナーチャイルドってやつか。失われた本来の自分。




   『驚いたでしょう?不愉快に思われなかったかしら?タトゥーなんて
   嫌がる人も多いから。』



 ドイツの人たちはおしゃれでタトゥーをするから、患者さんでもポイントタトゥーの
人ならいっぱいいる。大抵はヤンキー系の人だ。へそピアスとか鼻ピアスのノリだね。
警察官のヴァイスさんも腕に唐草模様のタトゥーを入れている。(余談だが、ある女性の
患者さんでうなじに小さく唐草模様のタトゥーを入れてた人がいて、その模様が
漢字の「夫」みたいだったんで、「ご主人の事がとっても大切なんですねえ」と言ったら
憤慨されたということがあった。「なんで私がわざわざ夫が大切だってこんなとこに
描かなきゃいけないのよう!」って怒ってた!?)
でも、「極道の妻たち」に出て来るようなこんな見事な入れ墨を
しているドイツ人にお目にかかったのは初めてだ。
しかもあなたのような『本格お嬢』まっしぐらの方が洋服を脱いだらいきなりコレだもの、まるで映画の一場面を見るようだよ、まったく。



(つづく)





2013年3月14日木曜日

TATOO ①



         新しい患者さんは若くてしとやかなお嬢さんだった。
       黒髪を短めのボブにまとめて身なりもすっきりまとまっている。
       いかにも良家のお嬢様風でぱっちりしたお目めがなんだか
       お人形さんみたい。もてるだろうなあ。この人。
       ミュンヒェン大学で心理学を専攻し始めたばかりなんだって。



        結婚を考えている方がいるんだけど婦人科系の障害に悩まされている。
       このままじゃ子供が出来ない。家庭を持ちたいからと受診に来た。
       あと、全身がものすごくこわばってるんだって。若いのにね。


        初診の時も2度目の時もたまたまものすごく忙しい日で
       私は他の患者さんのケアに追われて受付で彼女に挨拶を
       しただけで治療には参加しなかった。
       全部ドクターがケアした。3度目の時も似たような状況だった。
       治療のほとんどの行程を先生一人でなさったのだけど鍼を抜く
       作業だけ私がやった。5分もかからない。




私『は〜い、お時間です。鍼を抜きますね。じゃあ、頭から抜いていきま〜す。』


        上にかけていた毛布を肩からゆっくりとはずす。と、そこには
       驚くべき光景が横たわっていた。肩から背中にかけて一面の



            TATOO〜刺青〜だ。




             これは映画だけどね。こんな感じ。



(つづく)


2013年3月13日水曜日

プロフェッサーのお友達 ⑬




        そしてまたもう一通の手紙が届いた。



 ドクター宛てだけれど私の事がいっぱい書いてあると言われて見せてもらった。


        ラルフ君のママからの手紙。



 みんな感謝の言葉と気持ちでいっぱいだ。クリングさんにしてもラルフ君に
しても色々な事が、大切な事が、上手くいかなかった。それなのに私たちの
良い面をちゃんと見てくださってお礼の言葉を口にしてくださる。


 ラルフ君は自宅で病院の仕事内容を事細かに語っていたんだなあ、
いいご家庭なんだなあ。目に浮かぶようだ。私への感謝の言葉として
ラルフ君のお母様はまず、私がラルフ君をファーストネームで
呼ばず名字で呼んでいた事を挙げてくださった。


   『うちの息子を「一人前の大人」として扱ってくださった。』って。


 そう、ドイツでは学校に通っている学生、生徒はまずいつでもファーストネームで
呼ばれる。
でも彼は高校を卒業して就職のための訓練をしている訳だから勝手に「ラルフ君」と
呼ぶのは止めて、本人に選ばせてみた。どっちで呼ばれた方が良いですかって。


 そしたら彼が自分で言ったんだ。名字で呼んでくださいって。私はあのとき内心、
「おお、やるじゃない。」って思ったもの。




 それからお誕生会の事とかリルケの本をプレゼントした事とか仕事の時
ずっと一緒にいた事とか、本当にいっぱい私の事が書いてあった。
嬉しいよ、私も、ラルフ君。




(つづく、かな?)





        

        ご存知北京ダック。本場のものはこのようなもの。
        ちなみにドイツにはまずどこの中華料理屋さんにも
        ペキン エンテという料理があります、が、ただ鴨肉
       (あひるじゃないんです)を
        ぶつぎりにして甘ったるい醤油ソースをかけただけのものです。
        お値段も20〜30ユーロくらい。ううん、いいのかなあ?


2013年3月12日火曜日

  防人の歌   東北大震災に寄せて




              教えてください。



           この世に生きとし生けるものの
           全ての命に限りがあるのならば
           海は死にますか 
           山は死にますか
           風はどうですか
           空もそうですか

           教えてください




                                       私は時折苦しみについて考えます
           誰もが等しく抱いた悲しみについて
           生きる苦しみと
           老いていく悲しみと
           病の苦しみと
           死に行く悲しみと
           現在(いま)の自分と



           答えてください

           この世のありとあらゆるものの
           全ての命に約束があるのなら
           春は死にますか
           秋は死にますか
           夏が去るように
           冬が来るように
           みんな逝くのですか


           海は死にますか
           山は死にますか
           春は死にますか
           夏は死にますか
           愛は死にますか
           心は死にますか
           私の大切な故郷もみんな
           逝ってしまいますか
           



                SAKIMORINOUTA  by Masashi Sada

2013年3月8日金曜日

プロフェッサーのお友達 ⑫




      次の週、私は一通の手紙を受け取った。クリングさんから。



 クリングさんは良家の由緒正しいお嬢様だ。ミュンヒェンのご自宅の他に
あちこちに別荘をお持ちでプロフェッサーは彼女のウイーンの別荘にある
ベーゼンドルファーのグランドピアノ(最高級!)でいつも練習させて
もらっていたそうだ。
そんな彼女の手紙らしい、クリングさんオリジナルのチェンバロの透かし模様の
はいった封筒と便せんだ。アメリカに帰国前にお礼の手紙をしたためてくださった。
とても丁寧な言葉でただただ感謝の言葉が連ねてある。誠心誠意の治療とこの上ない
新しい友情にって。


 言葉もない。たった数日のおつきあいだったけれどもう何年も識っていたかの
ように仲良しになれたのに。そんな大切な関係も治療の結果がついて来なければ
おしまいなのだ。


 実は経験上、この危険性を予測しないでもなかったから、恐れていたから
裏目に出てしまった今回の失敗が悔やまれてならない。でもどうしようもない。
たった一週間のミュンヒェン滞在だったのだ。集中治療も本人のたっての希望で
らしたのだ。



(つづく)

清涼油。ちっちゃいちっちゃい小瓶です。ハッカ油で色々用途があります。頭痛の時に
うなじやこめかみに塗ったりね。筋肉痛や自然の虫除けとしても。










2013年3月6日水曜日

火星人がやって来た!





            火星人がやって来た。



 それは昨日の事。お昼休みが終わって午後一番の患者さんがやって来たんです。
その方とドクターと三人でお茶を飲みながら歓談していた。
「歓談」と言っても話題は重い。
ステロイド(副腎皮質ホルモン)剤を止めたい患者さんが鍼治療の成果が
出ない事で焦ってらした。治療費もかさむからね。例によって薬物中毒から
抜け出すのは容易ではない。それもまだ3回目の治療だ。プライベート保険に
加入していない自払いの患者さんなんだけど、出来れば性急に
結論を出さずにじっくり頑張って続けて欲しい。そんな話をゆっくりと
していた。



           そのとき、入り口のドアが開いた。


           そしてその、「火星人」が入って来た!



               だいたいこんな感じ。





 多分、本当は人間じゃないかと思う。でも、とっても痩せていて手足が異常に長い。
目玉がぎょろりとしていてアタマのてっぺんがはげている。あろうことか
ハゲ頭にぐるりと飾り紐を巻き付けている。



 きょわい。どうしよう。そう思って凍りついていたら、「火星人」はおもむろに口を開いた。



火星人『鼻に出来たポリープが炎症を起こして、上の(階の耳鼻咽喉科の)医者に手術す   るしかないって言われたんだけどお宅の治療で治りますかね。』

 
私  『えっと、どの程度進行しているかにもよるんですけれどある程度の効果は期待で   きると思いますよ。ねえ、先生。』




    恐ろしくてしようがない私はいきなりドクターに振った。




先生 『いや、ポリープを完全に治すというのはうちでは不可能ですよ。』



はああ!???見ればドクター、顔面蒼白。私に負けず劣らずびびっている。



火星人『いや、完全に治らなくても手術をしなくて良いくらいまで症状が改善すれば良い   んです。全然無理ってわけじゃあないんでしょう?』


先生 『いいですか、うちの治療費はとても高いんです。プライベート保険に加入してな   い人が払える額ではない。見てください。これがうちの料金表です。』


火星人『(料金表を見て)なんとかなりますよ。何回くらい鍼治療に通えば
   良いんでしょうね?』



先生  『自払いの患者さんの場合、大抵は2〜3回試しにやって来て
    効果が感じられなければすぐに止めてしまうものなんですよ。



 先生、何が何でも火星人が治療に来るのを阻止しようとしている。自分の発言が
たった今、ステロイド中毒の患者さんを励ました言葉を全て打ち消している事に
思いも寄らない様子だ。



   もちろん、ステロイドの患者さんも唖然&呆然として成り行きを見守っている。



火星人『ううん。今日はこれ以上時間が取れないからまた質問しに来ます。明日の
   この時間でもいいですかね。』



先生 『これ以上の質問は問診と言う事になるので請求書が発生しますよ。きちんと
   予約を取ってください。一週間以上前もってね。』

火星人『来週の予定はわからないなあ。フレキシブルタイムで働いてるから。じゃあ、
   電話します。』


そう言ってうちのパンフレットを持って帰っていった。





 あとから冷静に考えるとこの時の先生の対応はもう無茶苦茶だし失礼千万この上ない。
だけど恐怖に震え上がって気も狂わんばかりに怯えていた私は心から安堵のため息を
ついた。




 もし、彼が本当に地球の人間ならば、ドクターのあまりの対応に傷ついて、
もう、うちで予約を取ったりしないと思う。 
そうだったら本当に、本当にごめんなさい。地球人だろうが宇宙人だろうが
何だろうが本来我々は患者をえり好みしてはいけない立場の人たちなんです。
ドクターはやってはいけないことをしてしまった。罪深い医者なんです。
私も同罪。だけど何度思い返してもやっぱり怖かった。恐ろしかった。



         火星人さん!ごめんなさい!



 お願いだから、このことで怒って地球を滅ぼしに来たりしないでください。



        もう一つ心配なのはステロイドの患者さん。



 我々への信頼を失ってしまってないかなあ。(私が患者ならアヤシい。)



 ぐすん。ああ、でもホントにこわかったんだよおお。  

 

2013年3月5日火曜日

プロフェッサーのお友達 ⑪





    そしてクリングさんもそれを最後に来なくなった。


 今回の治療は彼女には「酷」だったのだ。「瞑眩(好転反応)」がもろにきた。
高齢、集中治療、頭部の疾患、長い病歴、全てが裏目に出た。電話口の彼女は
話していられないほどひどい状態だった。耳も遠く、ほとんど会話にならない状態の中で
それでも感謝の言葉と短い間に出来た友情を大事にすると伝えて来た。


 最初から一週間の予定だったが彼女は四日目にすでにダウンした。



 クリングさんの電話口でのあまりにひどい状態に私も先生も二人ともショックを
隠せなかった。ついついあれがいけなかった、これが悪かったと口にしてしまう。
(なぜか我々はこういうとき家具を移動してお部屋の模様替えを計る。)



       こういうときって空気がどんよりして何かしら
       邪悪な幕にからめとられてしまったような感覚に
       陥ってしまう。



(つづく)


画像検索でトイレットペーパーを探してみたらペーパーの向きは間違いなくこうだった。
正しいよね、これで。でも私が病院のトイレで見る度に逆向きになっているんだ。
で、上の写真のように訂正しておくと必ずあとでひっくり返される。


             どういうこと?




2013年3月3日日曜日

プロフェッサーのお友達 ⑩





       翌日、クリングさんは私に贈り物をしてくれた。
      それはハンス カロッサの「現代におけるゲーテの影響」。
      もちろん私は若い頃読んだ事があるし本も(全集の中の一冊として)
      持っているけれど久々にお目にかかった。
      ドイツ語の本はわざわざ持ってくる必要なしと
      判断して日本の実家に置いてあるのだ。
      最近はお固い文学なんて滅多に読まなくなっちゃったし
      きゃあ、本当に懐かしい。



       クリングさんも娘のようにはしゃいでこうおっしゃった。


      『ねえねえ、聞いてくれる?昨日、実家に帰ってから書庫で
      なんという事もなく一冊の本を手に取ったの。自分が何を
      手にしたのかなんて意識していなかったのよ。そしたらこの本に
      出逢ったってわけ。昨日あなたとドイツ文学の話をしたあとで
      この本を偶然手に取るなんて、なんというものすごい「神の導き」
      だろうと思って興奮しちゃったのよ。
      私は誰も住んでいないあの家を整理しに来た訳だから書庫の本も
      処分しなくちゃいけないの。お願い、もらってくれる?
      あなたと私の友情の記念に。』



       もちろんです。私も嬉しい。ここにこうして勤めて色んな人と
      巡り会って、それによって確実に互いの時間が、人生が
      豊かになっていく。プロフェッサーとの出会い。あなたとの出会い。
      大切にしますね。クリングさん。



      (つづく) 



           
インゼル社の美しい装丁。これと同じ本をいただきました。

2013年3月1日金曜日

プロフェッサーのお友達 ⑨



        『ねえ、あのリルケは誰の発案だったの?
        ほら、ラルフ君のお誕生日に贈った本のことだけど。
        中国医学の病院にポンと置かれた一冊のリルケが
        ひときわ印象的だったのよね。』



 クリングさんの質問に答えて私は昔自分がドイツ文学をやっていた事、
ゲーテからカロッサ(20世紀ドイツの作家)に至るロマンティックの系譜に
当時興味があった事などをつらつらと話した。


        『ねえ、じゃあ、ゲーテのファウストの中で
        一番印象的な文句を言ってみて。』


 困ったな。じゃ、うちの主人が座右の銘にしているやつにするか。
ちょっとありきたりっぽいけど。でも大切なテーマだからね。
    

      絶えず努力して励むものを、われらは救うことができる
                      Wer immer strebend sich bemüht, den können wir erlösen“ 




そうそう、これは天使が歌うとこなんだよね。ううん、なんだかうっとり。






 クリングさんとはもう、何十年も昔から色んな話をして来たかのように

気が合った。こういうのをシンパシーっていうんだろうな。


(つづく)







          今日、また人にいえない失敗しちゃいました。

         お昼休みの直後、患者さんにお灸してたら突然睡魔が • •
         眠ると危ない!(火を扱ってるからね)
         慌てて紅花油(タイガーバームよりもっと効く)をうなじに
         塗ろうとしたら頭からかぶってしまった。真っ赤っかで
         べとべと、お肌は火傷のようにひりひり。高価なものなので
         大切に使うようにいわれてるんだけどね。ごめんなさい。