2013年10月31日木曜日

なんでうちの病院に来るの? <決意>






          、という長たらしい話をうちの患者さんに
         する訳にもいかず、、、というか面倒で、
         部分痩せの動きや老化による筋肉痛などの
         緩和のための動きを教える程度にとどまっている。





             でもそこまで。





 よその中医学のところでは気功や太極拳の講座を行っているところもあるんだけど
うちは予防医学の領域は弱点。大半の患者さんがそれどころじゃない重症者ばかりで
手が回らないともいえるが、ちょっと残念。この分野はこれから綾ちゃんが(ドクター
も奥さんもそっちはダメみたいだし)開拓していくしかないのかな。




           薬膳に気功かあ(太極拳は挫折したし)。






           あきらめない、あきらめない。






           





           

2013年10月30日水曜日

なんでうちの病院に来るの <体操>





       運動をしようとかダイエットをしようとか思った訳ではなかった。






               瞑想にハマったのだった。
          自然療法に端を発して色々なものに興味があった頃。





 瞑想法を色々試してみたのだが数年間の試行錯誤でどうも「心を無にする」困難から
脱却出来ずにいた。「何も考えない」状態というのは「何の刺激も無い」環境では
むしろ難しい。わかってもらえると思うけど、例えば催眠術。何か別の事、単純な動きとかに意識を集中するとむしろ心を空に出来る。音楽とかね。





 同時期に中村天風を識った。日本最古のヨガ行者とも言える彼の呼吸法が
頭では理解出来てもなかなか日々の生活に取り入れないを感じていた頃
偶然、知人のブログを読んでいてYUKA=ANEさんの骨盤ネジ締めダイエットと
いう体操の存在を知った。これはその頃ちまたで流行していたダイエット体操の
ひとつだったのだが
なかなか見過ごせない内容で、いわゆる有酸素運動、筋肉の動きと呼吸法を
ミックスさせているばかりか、骨盤ネジ締めの方法はまさに中村天風の呼吸法と同じ
(YUKAさんに直接お訊きしてみたいものだ。解説では色々な体操を彼女なりに
良いところをミックスさせたように書いてあったけれど。)だし、いわゆる
インナーマッスルを鍛えて内蔵を強くするという内容だ。




 運動というよりその呼吸法に興味を持って、そうか、身体を動かしながら
むしろ瞑想状態に近づけるんじゃないかと思って始めたのだった。
すると、一番入門の15分くらいの動きから始めて2週間が経過したところで
ものすごく身体が爽快になっている事に気づき、止められなくなってしまった。






 ドイツの2月くらいだと気温がマイナス10度くらいになる日も珍しくないが
Tシャツに短パンで窓を全開でもスッキリ爽快で体操するという体験をしたのだ。
この時点ではまだ体重がどうとかスタイルがどうとかいうのは二の次だったが
長く続ける間に目的的に部分ダイエットをするための動きとか軽度の整形外科系の
故障を緩和するやり方が自分なりにわかってきた。
実験的にこの間、これ以外の運動を一切止めてみたからこの効果であることは
間違いない。





       結果的に瞑想に打ち込んでいた日々はいつの間にかオミットしていた。





           

綾ちゃんが最初に買った一冊
今も毎日20分ずつ体操してます。

2013年10月29日火曜日

なんでうちの病院に来るの? <運動>








   知ってる人も多いと思うけど漢方 • 中医学は本来予防医学に重きを置いている。






 昔の中国のお医者さんは受け持ちのご家庭が健康である限りお手当をいただき
病気の時には給与はなしになる、というまことしやかな話もあって(ちなみに
この話はドイツ人の間でもポピュラーだ)医食同源の国、中国医学における
食の重大さは言うまでもない。




   それともう一つ、現代社会で大切な予防医学の領域に「運動」が挙げられる。







      運動嫌いの綾ちゃんだがこれはすごく、すごく重要なんだ。





 とにかく私の場合、ネックは中国医学の領域にもともと無関心だったということで
これまでホントに何にも試したことがない。全部イチから始めなきゃいかんのが
苦労のしどころ。でもね、私がどんな「運動」をすることによって健康を(または
スタイル • • • ええ?)維持しているのかってものすごく良く尋ねられるのよ、
これが。あと、例えば、座骨神経痛だとか、特定の部位の痛みの緩和に効く運動をね。




      私は、私のやり方で良いのならある程度答えを持っているのだけれど。
     でもそれは中国とも漢方ともドイツとさえ何の関わりもない。




       あーあ、せめてヨガとかでいいからなんか、かじっとけばよかったかも。




       ピラトゥスとかヨガとか気功とか。そんなのだったら、ドイツの人に
      言えばその場でだいたいどんなものなのかをわかってもらえる。
      実は綾ちゃん、中医学の世界に入ったのをきっかけに去年、太極拳を
      (ひとりでこっそり)始めてみた。• • • で、やっぱり挫折した。
      動きが難しすぎる!!!






        では綾ちゃんがここ数年来ほぼ毎日欠かさずやっている健康維持の
       運動とは • • •







            


           骨盤ネジ締め(ダイエット)です。
           これについてはまた明日。





2013年10月28日月曜日

なんでうちの病院に来るの? ~痩身~



        



         んで、結局、食生活に関しては患者さんの性格によって様子を見ながら
    少しずつ健康ダイエット生活を提案するという感じだ。少なくとも綾ちゃんは
   中国式にこだわってはいない。大切なのは結果だからね。






         ただし、これまでのところ十分な成果を挙げたとは言いがたい。
     私の規準からいうと全滅だ。





           一、二度鍼を打つと代謝が良くなって二、三キロ体重が落ちることが
    多い。さあて、これからだ、と思っている時に
              





                  『ありがとう!ありがとう!こんなに早く結果が出るなんて!』 







 と感謝されて大満足しながら去ってしまう。




           これからだっていうのに!!!!





   96キロが93キロに変化しただけで(そう、私の定義ではただの変化だ!)
  まだなんにも変わってやしない。そもそも本気で痩せようとした事があるのか!!
  二、三キロなんて数日の「出来事」でちょっと忙しかったり風邪引いたりしたら
  落ちちゃう範囲だし、またすぐ戻っちゃう数字じゃないかあああああ!!!





      『ねえ、なんだか、私の足って少し細くなったように思わない?』




  なあんて尋ねられたって私は白雪姫の魔法の鏡じゃないんだから





      『はは、おっしゃるとおりでございます!』



  なんて返事出来ないんだってばあああ!!!





  かくして綾ちゃんは目標体重、目標BMI、長期目標、短期目標、食生活日誌
 五行表(漢方では大切)、運動サゼスチョン、気功もろもろの用意をして
 全ての努力が水泡に期すという日々を味わい続けている。











ドイツの主要駅にあるコーヒーショップYorma´sの
ドーナッツ。安くてウマい。❤️
お気に入りの二種類を半分ずつくっつけてみた。



2013年10月27日日曜日

なんでうちの病院に来るの? ~減量~

             





      色々試した中で今、最も素晴らしいと思っている食餌療法はやはり
   マクロビオテイックだ。マクロビは日本で脚光を浴びてから既に久しいが
   もちろんドイツでこれを知る人は滅多にいない。
   というか、時々こっちでマクロビを知ってる人に出会ってびっくりする
   ことがある。




    うちの患者さんでクロアチア人の女性がいるが彼女はマクロビに
   実に詳しい。なんとクロアチアの健康食にさとい人々の間で今、
   大流行しているというのだ。
   彼女自身は特に食事療法を実践している訳でもないのに
   微に入り細に入り実に詳しい。





          なんでも現在クロアチアには福島の事故以来、日本の政治と
   福島の未来に絶望して地価が安くて気温の温暖なクロアチアに
   移住してきた人々がたくさんいるというのだ。環境大国のドイツにも
   福島からの移住者はたくさんいるけれどドイツは物価が高いので
   収入の見込みの無い人には難しい。ヴィザも簡単にはおりないからね。




         日本で放射能汚染の心配を口に出すと非国民扱いされるという
   共産国並みのモラルだからね、ここのところの日本は。
   本気で子供たちの健康を憂う人々は黙って海外移住してくるのだ。



           で、そういう人たちは当然健康食品にも気を使うタイプで
   皆、マクロビを知ってる。彼らに教わって現地クロアチアの人たちの間でも
   マクロビが流行っているという構造らしい。





          

出典 http://omoya.ti-da.net/e2346700.html
マクロビオティックもパフェクト
に実行するのはなかなか大変



2013年10月26日土曜日

なんでうちの病院に来るの?<痩せる>







         でも、一応、綾ちゃんは頑張る。






 病院に体重計を置いてもらった。脂肪計とかいくつかの機能のついたヤツだ。
中国薬膳ではいわゆるカロリー計算はしない。
患者さんの体質に合わせた食材と調理法を季節にあわせて紹介するという
やり方だ。が、これをドイツで実行するのは多くの困難が伴う。




 まず中国薬膳は難しい。日本人である程度漢方の予備知識がありお料理も
大好きの私にとってでさえかなり難易度が高い。日本に帰省した時薬膳関連の本を
たくさん買ってきた。それでも薬膳の知恵を和食に融合させるのはさして難しくはないが
ドイツの人々にわかってもらうのは大変だと思う。食生活も食習慣もかなり
違うから。





 ドイツにも薬膳の本はある。かなりたくさん出ていて(メジャーとはいえないが)
ドイツの食材を使ったドイツ人の食生活にマッチさせた内容のものもあって
それなりによく考えられていると思うものもないでもない。
• • • でも全然しっくりこなくてワタシ的にはかなり困っている。







 ここで勤め始める前に自分自身の興味からドイツで出回っているダイエット法は
かなり色々自分で試してみた。もちろん健康ダイエットだ。(つまりりんごダイエット
とかパイナップルダイエットとかその類いのはやっていない。)その中でこれは
健康的でバランスも良く「健全ダイエット」といってもいいのではないのか思えるものが
いくつかあった。だがそれらは結局長い時間をかけて「努力」と「忍耐」を要する
ものばかりだった。








       それらはうちの患者さんの望んでいるものとは違うのだ。





          結論!!ダイエットに王道なし!!






           


             マツコって140kgなんだそうですね。











             







2013年10月25日金曜日

なんでうちの病院に来るの? ~デブ~


            


            世の中には減量のための方法がごまんとある。
         体操、ダイエット(食事療法)、etc.





 だがうちに「減量」目的で鍼を打ちに来る患者さんたちはどうみても
ナマケモノの部類に属する。なんだか皆、鍼を一回打ってもらったら
風船から空気が抜けていく様にひょろりとスリムになれる、などという
幻想を抱く人々が大半だからだ。





      
        うちで出来る事は偏った代謝を是正する程度の事で
        鍼を打ったらああら不思議、絶世の美女になりました、
        なんてことには100%ないしありえない。





 ドイツに住んでいるととにかく太った人が目に付く。うちの患者さんも
ものすごく肥満の人が多い。肥満だけを訴えるダイエット目的の患者さんは
少ないが、明らかに体重過多が疾患原因と思われる方がどれほどいることか。
欧州の人たちだから背も皆高いけど、それにしても100キロとかはやっぱり
重すぎだと思う。だいたい90キロから100キロくらいが運命の分かれ道らしく
明らかに色々と体調の問題が表面に現れてくるようだ。







          

           出典:img2.blogs.yahoo.co.jp





        






 
        




2013年10月24日木曜日

なんでうちの病院に来るの?<メタボ>

           




        例えばKさん。ミュンヘン郊外ガルミッシュのホテル経営者。






          私は彼女の初診の際、別の患者さんにかかりきりでご本人にはお目に
  かかれなかった。ドクターから





              『吉岡さん、Kさんの指圧お願いします。』




と言われて



         『ハイ、了解です。指圧はどこをしますか?』       





と普通に尋ねた。そしたらドクターははたと思い出したような顔になって、

        

          『足だけ。足以外は、、、、ムリですね。』   




そう言いながら私にカルテを見せた。



                      そこに記されていたのは、、、




                             体重146キログラム。







             


 ボテロ(コロンビアの画家)のモナリザ

2013年10月23日水曜日

なんでうちの病院に来るの? 〜肥満〜







         連日新患の患者さんがやって来る。





 多くのドイツ人は「鍼」に何か曲芸的なパフォーマンスを期待しているのだ。






 新患さんの多くはインターネットでうちのホームページを見てやって来るそうだ。
あのHPは開業のとき誰かに作ってもらってそのまま放ったらかしにしてあるヤツで
去年、パソコンに詳しいうちの長男に頼んでアシスタントの欄をカリンさんから
私に変えてもらった以外は何一つアップデートもしていない化石級の代物だが
それほど悪い出来ではない。




 どどんとした中国の絵画(赤とピンクの牡丹)の前でうちのドクターが
にこにこしているのがトップページ。ドクターはカオはでかいが写真写りがなぜか良く
人柄の良さがにじみ出ている写真となっている。すさまじく写真写りの悪い
(写真のせいか?やっぱり元か?)綾ちゃんはうらやましー!!です。




 でも、どんなに写真写りが良くったって、数年お若い頃の写真だって
どこからどう見ても彼の肥満は隠しようが無い。



 あの写真を見て何故「痩せるために」うちの病院へ行こうと決心出来るのだろう?





           やっぱり、さっぱりわからない。





            


            これは有名な画像らしいですね。
          柳原可奈子ちゃんをCGでダイエットさせると
          こうなる?っていう。   




           

2013年10月22日火曜日

なんでうちの病院に来るの?









          何故彼らはうちの病院に来るのだろう?






             私にはさっぱりわからない。





 そりゃあ、うちの先生は腕利きだ。そんな事くらい私が一番良く知っている。
うちの患者さんの病気はは多くのケースが普通の病院では手のつけようの無い
領域ばかりだが中には無茶難題を言って来る人もいる。
鍼でバストアップが出来るかとかこないだ訊かれたっけ。
ちなみにそのとき私は自分では答えず





     『どーぞ、直接先生にお尋ねください。』





と振ってみた。そしたらその人(黒人の学生だったが)ちょぼっと先生と話して
帰っていった。その人、決してスタイル悪くなかったけどな。体操するとか
良い下着を探すとかした方がいいと思う。ラクしたいなら(お金もあるなら)
美容整形というテもあるな。もちろんススメンが。






 例えばヘビースモーカーの人が禁煙したいとか不妊治療とかは漢方(中医学)と
してはすごくポピュラーな領域でうちにも常に数人ずつ患者さんがいるし
それなりに実績もある。







        だけどねえ、こればかりはねえ、と思っているコトがひとつだけ。








                そ • れ • は • • •





                 肥満、の治療です。







                                   

                                       

                             Water Rock - 日本語

                     

2013年10月20日日曜日

空蝉  〜不老不死薬伝説  その四〜






         蝉の抜け殻茶(?)を飲むヒトは私である。





         


         だからさ、こんなのうじゃうじゃしたの見てごらんよ。



 ああ、患者さんは渡される漢方薬の中身を知らないからありがたく飲めるんだあ。
もしかしたら目ざとい人がいて、「ワタシのオクスリの中に虫がいる!
お宅のの病院の衛生環境が悪いんだあ!」とか言い出したりするかもね。





 んでもって綾ちゃんは急いで薬品庫を出てドクターを捜しました。ら、いつもの
お昼寝室で昼寝中でした。



 もちろん綾ちゃんは普段、お昼寝中の上司を起こしたりしません。どうしてもの
時だってドアを出来るだけ細く開けてそおっと用件をささやきかけるのです。絶対に
覗き込まないようにして。




 でもね、そのとき私は仰天してたから前後を顧みず、ばばんとドアを開けて





    『これって、これって、セミ?ですかあ?』






と怒鳴り込むように蟬退の袋を振りかざして尋ねてみると






    『そうです、蝉の抜け殻ですよ。これはね、皮膚のかゆみに
    とっても良く効くんですよ。かゆい部分の皮膚がやがてかさかさになって
    新しい皮膚と入れ替わるんです。だから吉岡さんも湿疹の事で
    心配するには及びませんよ。』




と気楽におっしゃった。いや、皮膚が入れ替わるって、それはもしや脱皮?
これはホメオパシーもびっくり(ホメオパシーは類似療法だから病変と似た
形状の自然界の物質を薬にする)だ。しかし、さすが古代の中国人。本当に
何でも食べて茶にして試してみたんだ。これは命がけだったろう。




 で、綾ちゃんはドクターに「空蝉」の話をした訳。万葉集や源氏物語とか
不老長寿の話とかね(筆談も交えて)。そしたらドクターはとても興味深げに
私の話を聞いてくれたけど、中国にそういう逸話があるかどうかは
知らないって。






     とほほ。というわけで現在綾ちゃんは蝉殻入り茶を飲んでます。





              意外に味は酷くない。







         こころなしかこの数日湿疹が減り始めた様な気がする。




            早く良〜くなあれ!!








2013年10月19日土曜日

空蝉  〜不老長寿薬伝説  その三〜






           こ、これはもしや • • • 。





 せ、蝉さん?そういえばさっきセミみたいな漢字だなあって思ったんだ。
セミの脱皮した抜け殻ってこれはもしやアレか?





            空蝉(うつせみ)






 万葉集とか源氏物語とか様々なところでお目にかかるこの言葉、やはり本物の
薬だったんだあ。





 例えば万葉集に出て来る(うつせみの、命を惜しみ、波に濡れ、伊良虞(いらご)の島の、玉藻(たまも)()り食()む」)にでてくるこの言葉は蟬の脱け殻のように
はかない「現世」という意味らしいが、不老長寿薬という説もあって、
これは蟬の脱け殻の事ではなく蝉が生きている間に食べた木の芽が蝉の死後
その身体の中で育ち、やがて地表に芽を出したものを集めて飲むと
「不老不死の薬」になるということです。
蝉は木の樹液を吸う生き物であって木の芽を「食べる」訳ではないのでまあ、
これは伝説、ということになるんですね。






           蝉退(せんたい)というのがその生薬の名前です。






         

                             

            源氏物語プレミアム記念切手 空蝉
            光源氏が空蝉の元へ行くと空蝉は薄衣を
            脱ぎ捨てて逃げちゃうんですよね。




           

2013年10月17日木曜日

空蝉   ~不老長寿薬伝説 その二~

          


           もちろん(?)私は皮膚科には行かない。





         私自身がアトピーになるのは初めてだがアトピーっ子の母親歴は長い。
 私が自然療法と医学の勉強を初めたきっかけはそもそもアトピーの治療のため
 だったからむしろ専門領域といってもいいくらいだ。




       ステロイドとか抗生物質とか抗ヒスタミン剤、抗アレルギー物質。全部止めて
 うちの子達は健康を取り戻した。子供にはホメオパシーがよく効くこともあるけれど、 それはそれは見事な回復ぶりだった。




       綾ちゃんはいつも名医のそばにいるわけだからうちで治療しない手はない。
 ・  ・ ・ とはいえ毎日仕事でどたばたしていてついつい言いそびれ、
 ここまで事態を悪化させてしまったのだ。







                やっとでドクターに泣きついた私。
       





     『何かあったらすぐに言いなさい、っていつも言ってるでしょう。』






    と怒られながら処方箋を受けとる私。ここのところ予約がいっぱいで鍼までは
  打ってもらう時間の余裕がない。でも飲み薬があれば大助かり!
  薬品庫に材料は揃っているから自分の漢方薬は自分でミックスできるもんね。
    




    うちの薬品庫は中国語とアルファベットのフリガナのラベルが貼ってあって
   中国語の出来ない私には材料を選び出すのにすごく時間がかかる。
   わからないなりにもやはり漢字で目から入ったほうが分かりやすいので
   いつも処方箋(中国語)のそれぞれに頭文字だけアルファベットをつけて
   もらって大体の検討をつけてから目的の薬品を探しているのだ。





        20種類くらいの漢方薬を順番に袋に詰めていく。




 それらの中には日本でもおなじみの漢方の材料(朝鮮人参とか冬虫夏草とかね)
やずばり食品(陳皮=みかんの皮とかなつめとか)などもたくさんあるから
意外に入門しやすい。もちろん勉強不足の綾ちゃんには知らないお薬も山ほどある。







       • • • • と、お次はっと引き出しを開けると、そこには、




       ああん、でくわしちゃったよお!なんだあ、こりゃあ!




         袋の中から山ほどの「虫」が出てきちゃったあ!



               







        


                 こ、これ、でした。





                

2013年10月16日水曜日

空蝉 〜不老長寿薬伝説 その一〜






                綾ちゃん大ピンチ。





 

 多分、アトピーだと思う。アレルギーだか何だか知らんが、こんなに大変だとは知らんかった。体力も気力も全て消耗する。病院勤めの身なので常に手洗いと消毒の繰り返しで
毎日何十回手洗いをしているせいだろう、家では家事も待っているので主婦湿疹も併発。
手を中心にかなり大変な事になってきて最近では患者さんからも励ましの言葉をもらってしまうほどだ。






 そもそもこれまで皮膚疾患とは無縁で生きてきた私が突然こうなったのはどうしてかというと、はっきりとしたきっかけがある。例の浸水事件で我が家の地域は見事に
水浸し。野原が長らく沼地と化したあと蚊が大量発生した。その中に獰猛なヤツがいて
綾ちゃんの腕ごとパンパンに腫れ上がらせたヤツがいた。(ちなみに隣の奥さんも
同じ種類のにやられた。)最近、南方の珍しい種類の蚊がドイツで発見される事が
あるらしく、免疫の無い我々は簡単にやられちゃう。



 とにかく、その直後から綾ちゃんのお手てには色々な「事件」が起き始めたのだ。





 夏場も苦しかったがすっかり冷えてきた昨今、いわゆる典型的な「アトピー」の
症状へと変わってきた。







         まずはさだまさしの「空蝉」からいってみましょう







2013年10月15日火曜日

ベルリン  綾ちゃん in 鴎外のお部屋





           昨日の続きです。






鴎外が実際に使っていたベット。






鴎外が使っていた書きもの机













机にビジターズノートと筆ペン/ボールペンが置いてありました。
綾ちゃんは筆ペンに挑戦。悪筆でごめんなさい。




アンケートが置いてあって、質問の中に「森鴎外の作品の中でどれを読んでいますか?」というのがありました。ええっと〜。っとあれこれ考えていたら私ってほぼ全作品を
読んでたんだ〜って思い出して改めてびっくり。昔、情熱的に鴎外の作品を何度も
繰り返し読んでたなあと(自分で忘れてたあたりがどんくさいが)感慨に打たれた
一日でした。












2013年10月13日日曜日

ベルリン 鴎外を訪ねて






        森鴎外記念館を訪ねた記事が中断していましたね。
       写真のアップが上手くいったので続きを書きます。








入り口の棚に飾られた鴎外関連の書籍
(主に海外版の舞姫)








森鴎外の「遺言」
これも高校時代に読んで感激したなあ。
「余は、石見人 森林太郎として死せんと欲す。」
の言葉が忘れられませんでしたねえ。





鴎外のデスマスク




鴎外の部屋






ここは鴎外がベルリンにやって来て最初に入ったお部屋で
「舞姫」のモチーフとなった出来事の起こった頃のアパートでは
ないそうです。それらは全て空襲で跡形も無くなってしまっているそうです。





今回、観光に時間を割かずゆっくりした目でベルリンを見て回りましたが
改めて、ベルリンというのはドイツの新しい時代を担う「首都」の重責を
担った都会なのだなあと感じました。




なんとなく「空気」が重い。古めかしくて重層な歴史のくびきが随所に残っていて
ミュンヒェンの明るく軽やかで華やかな田舎都会(?)とは異世界。
あえていうならウイーンにむしろ近い。




鴎外の生きてた時代はもっとものものしく全てが行き交っていたんだろうな。







ハルさんの遺言と裁判   その12

           




         あんまり休む(!)ヒマもなく、ドクターは帰って来た。




                実は綾ちゃんも昨年、ある裁判の証人として法廷に立ったことが
   ある。つまらんもめ事だったので詳細は省くがまさかドイツで法廷に
   立つなんてね。どきどき体験でした。民事のもめ事というのは
   ものすごい数あるらしく三十分単位で裁判が繰り広げられていて、
   裁判所の建物自体が機能的な学校みたいにスケジュールどおりに
   次から次へと裁判が行われていた。
           



 綾ちゃんがいくつか仕事済ませる間に(一時間も経ってない)ドアのチャイムが鳴り
ドクターが帰って来た。あれれ、患者さんも一緒だ。




         
患者さん             『今日は午後の予約だったんだけど、午前中の予定が思いかけず
       早く終わったので、もしかしてこれからお邪魔してもいいかしらって
       下を通りかかったら偶然ドクターにばったりお会いしたんです。
       ラッキーでした。』









     ああ、相変わらずだあ。空手では帰って来ないというか、なんというか。
先生ったら患者さん連れて帰って来ちゃったよ。





                        『 先生、いかがでした?』



    私はこっそり訊いてみる。




               『 ベストは尽くしました。言おうと思っていたことは全て余すことなく
    伝えれたと思います。私はただの証人ですからこれ以上のことは
    わからないんですけどね。』




      私はもう一度ドクターと握手した。






     ハルさんは普通のドイツ人だ。普通のサラリーマンで 大した財産が在るわけじゃない。ご両親から受け継いだ家と土地、老後を過ごすための貯金が少しあっただけだ。
 その程度のお金のことで争わなくちゃならないなんて、なんて悲しいことだろうって
思う。



      裁判は始まったばかりだからこの先どうなるやらまるきりわからない。
でもできるだけ誰かの心が傷つくような結果になりませんように。
特にご高齢でさしたる収入の無いモーリーさんが生活に困るようなことに
なりませんように。










これはサッカー場の写真を撮ってCGを合成しているところですね




2013年10月12日土曜日

ハルさんの遺言と裁判    その11


  




       ドクターに見せてもらった裁判資料によるとハルさんは
      確かな意識のある時(それはいつのことを指すのだろう?
      近親者は誰も彼のこの遺志を知らなかったというのに。)
      にこの意思を担当医に伝え 、担当医が
      彼に代わって代筆。サインだけをおぼつかない手で
      ハルさんが直筆。さらに遺言書の客観性を高めるために
      担当医が三人の知人に頼んでハルさんの前で遺言書を読み上げ、
      内容に間違いがないか尋ね、遺産相続人に指定した当人を
      指差し確認させたとのこと。




          アヤしい、アヤしい、アヤシすぎる。




 そもそもハルさんが自発的にこんな事を言い出したのか、どこにも証拠が
残っていない。これが本当の事なら絶対に奥様にご相談なり(だって元々の
相続人だもの、仁義ってものがあるでしょう。ハルさんはキチンとした人だったし。)
があったと思う。





    『もちろん、私はハルさんの土地や家が個人的に欲しい訳では
    ありません。でもこのままではモーリー(仮名。ハルさんの奥様)が
    可哀想すぎる。あそこは二人で40年以上過ごした大切な場所なのです。
    私にとってもたくさんの想い出が詰まった場所です。出来る事なら
    私が彼の家を相続して何らかの方法でモーリーに返してあげたい、
    少なくても自由に使わせてあげたいと考えているのです。』





 そうだよ、そうだよ、私だって同じ立場ならきっとそんな風に考えると思う。
おおっと。先生、時間、オーバーしちゃってます。もう、ほとんど9時にちかい。




         『先生、頑張ってくださいね。』






       別れ際に握手をして私はドクターを見送った。












なんだかなあ



ようわからんが





すごいんだろうなあ






2013年10月11日金曜日

ハルさんの遺言と裁判  その10






現在、うちのドクターは「医者」の肩書きに
ふさわしいだけの稼ぎがある。





大金持ちとはいえないまでもびっくりするほど大きな土地と家を
所有しているし(自宅はなぜか賃貸アパート暮らし)
うちの病院はミュンヒェンの中心地で交通の便がものすごくいいし
(これも賃貸。家賃はショバ代というやつで驚きの高値。)
小規模ながら病院経営も順調。
明らかに「裕福な」暮らしをなさっている。





お亡くなりになったハルさんよりもはるかに裕福だ。





ハルさんの遺したかつての「遺言」はどちらかと言うと精神的な
「支え」であり、いずれにしても口約束だと思っていたので
まさかそれを当てにしたりなんてしてはいなかった。
本物の「遺言書」があったなんて寝耳に水だった。






いずれにせよ今の彼には他人の財産なんて全く必要ない。








だが、今は違う。





今回の裁判の申立人はハルさんの奥様だ。
彼女は40年以上ハルさんに連れ添ってハルさんのお世話を
つきっきりでした。
籍を入れていないから相続権の無い彼女のために
ハルさんはわざわざ遺言書をしたためたのだ。
それを何とも奇妙なやり方で訳のわからない男に持って行かれようとしている。






そこでもう一人の相続人であるドクターに助力を願ったのだ。













シャープ









パイオニア






ヤマハ




頑張れ!日本!






2013年10月10日木曜日

ハルさんの遺言と裁判   その9


       





       ハルさんは今から十数年前、弁護士を介して正式な遺言書を作成していた。
     そのきっかけはうちのドクターだった。
  




        もともとハルさんはドクターの中国のお父様の友人だ。医学部を卒業したてで
西洋医として癌クリニックで働いていた先生にドイツへ来るように勧めたのは
彼なのだ。
          


   その年、中国では一般人もヴィザが下りれば比較的自由に海外へ行ける
ようになった。多くの中国人が国を棄てて海外移住しはじめた年だった。先生は
飛行機代も持たず、シベリア鉄道に乗ってカバンひとつでハルさんだけを頼りに
ドイツに来たのだ。ハルビンからミュンヒェンまで二週間かかったそうだ。
ドイツ語は一言も出来ない。食っていくために病院の食事運びのバイトをしながら
ドイツ語学校に通う生活からスタートしたのだ。五年後に奥様を呼んでからは
家族を養うという新たな責任も増えた。とにかく歯を食いしばってなんとか
医学部に入った頃、ハルさんはドクターを自宅に呼んでこうおっしゃった
のだそうだ。





               『 良くここまで頑張った。これまでお前を見てきたけれど、
    本当に感心するほど良くやっている。いつもお金の心配が
    付きまとっているだろう。
    まだまだ大学を卒業するまで長いけれど、心配するな。
    俺はおまえを身一つで中国から呼んだ 、その最低限の責任は果たす。
    俺が死んだら俺の土地と家はお前に譲る。
    住む場所にだけは困らないように計らうからな。だから安心して
    そのまま突き進め。』




           その言葉がどれほど当時の先生を励ましたことか。



         『家や土地をもらうという事実よりも所詮赤の他人である自分に
  ここまで誠意を見せてくれたことが心に響きました。今でもあの時の
  ハルさんの言葉の抑揚や表情を思い出す度に胸が熱くなります。』




先生はそうおっしゃった。




              ハルさんは有言実行の人だ。



           言葉通り彼はそのあと弁護士のところへ行き、ドクターを土地と家の相続人に、
籍を入れていない奥様をその他全ての財産の相続人とする旨遺言状を作成したのだった。(実はこのことを先生ご自身は最近までご存知なかった。)







これらの写真の熊ちゃんってCGだったんだ〜。
ベルリンIFAにて








2013年10月9日水曜日

ハルさんの遺言と裁判    その8


         



       (この内容は私のうろ覚えですがほぼ間違いないと思います。)
        



                遺言書(全て手書き)


       私ハル ・ ・ ・、生年月日、住所、はここに第二の遺言書を
      記し、以前したためた第一の遺言書を無効にするとします。
      私は私の病気を治療してくださった医師Dr. ○ ○ ○ (担当医師) に
      感謝のしるしとして私の土地、家財を含む全ての財産を
      譲渡することを誓います。
                            

      
      去年の日付                (ミミズの)署名


         

    本文はその担当医師の手書き。署名は下の写真の様なミミズが
   のたくった様な「線」だ。





      これは綾ちゃんがそのときドクターに見せられた署名(コピー)を真似して書いたもの。
           もちろんホンモノではありません。



               だいたいこんな感じだった。






    アルゴイの写真に添えられていた署名はもちろんハルさんの姓名がはっきり
  読み取れる彼の(正気の)サインだ。似ても似つかない。







2013年10月8日火曜日

ハルさんの遺言と裁判    その7





               ハルさんが人事不詳に陥ったのはいつのことだっただろう。





  以前、ブログにも書いたが私はあの頃ハルさんをお見舞いしたくて
音楽でもお届けしようかと提案したら、もう、そんな状態ではないからと言われた。
その日のはっきりとした日付を思い出せない。でも、そう言われた翌日に
ハルさんがお亡くなりになった訳ではない。絶対にない。少なくとも三日、
おそらく一週間以上あったはずだ。あの頃毎日のように先生や奥様がハルさんの
衰弱の様子を語っておられた。ほとんど話すこともなく意識も朦朧とした状態が
続いていたと。

      


   彼は健康保険に加入していなかったため入院費用、治療の額は膨大で
あった。(それらの事情は後になって知らされる事となる。)
但し、例えそういった事情があるにせよ金銭のやり取りは彼と入院先の病院との間に
生じる問題だ。担当医と患者の間に起きる問題ではない。



          そして問題のその日、ハルさんの死の前日、彼はある書類に
           サインした(らしい)。


          


       その「遺言書」のコピーが今私の目の前にあった。


         





ベルリン名物アンペルマン
信号に写ってるヒトが活き活きしていて可愛い




2013年10月7日月曜日

ハルさんの遺言と裁判 その6



     


           『 ハルさんの病気の経過については吉岡さんもご存じの通りです。
    足の怪我が治らず傷口が開きっぱなしでうちで治療しましたよね。
            足の怪我自体は良くなったのにほっとする間もなく高熱が出て
            敗血症と診断され、再入院。おおもとの病名が判らずやきもき
            しながら約一週間ほどを過ごし、最終的に彼についた診断名は
            急性リンパ性白血病でした。』





          『その後の彼は化学治療のせいで衰弱の一途をたどり
    数週間後にこの世を去りました。
            あの頃、私は毎日のように彼を見舞って少しでも口に入る物はないかと
    ジュースやお粥を持っていったりあれこれと世話を焼いたものです。』





      先生が薬湯を携えて行く姿をあの頃たびたび見かけたので、私は先生が病室で
鍼を打ったり指圧をしたりと出来る限りの治療を行っていたのだと思っていたが
そうではなかったらしい。

        




     『漢方薬は彼が受け付けず、いずれにせよ身体の弱りようが
     ただごとではなかったので私は手を出せませんでした。』




 そうだったんだ。つまり、ドクターは無駄と知りつつ毎日のように漢方薬を
煎じてポットに持参してらしたんだ。なんだか胸が熱くなった。




(つづく)







IFAのメッセにて
すごく画像がいいよという展示






アシ、足、ASHI






2013年10月6日日曜日

ハルさんの遺言と裁判    その5







              そもそも一体何の訴訟なのか、それから説明しなければならない。





          ハルさんは急性白血病でお亡くなりになった。事の起こりは足の怪我だったので
まさかこんなものすごい経過を辿る(敗血症から白血病)ことになるとは誰も当時考えては
いなかったのだ。






   もうひとつ、ハルさんを理解する上で大切な事は彼が自由を愛していたということだ。
別の言葉でいうと極端なほど束縛を嫌っていた。







     例えば彼は生涯結婚しなかった。「奥さん」と我々が呼んでいる女性とは
籍を入れていない。





  例えば彼はエンジニア時代に一サラリーマンとして真面目に職務を終えた後、
出来るだけ自然と共に生きようとキャンピングカーで野外の生活をメインに放浪に
近い毎日を送っていた。公的医療保険も解約した。(これが致命的な失敗となるの
だが。)死ぬときには動物のようにひっそりと死にたい、と。




       残念ながらこういうことは男のロマンに過ぎずいざとなったら彼が
具合が悪いのに放っておくなんて周囲の人間には出来ない。









ベルリン ソニーショップ








ソニーセンター内を闊歩する男二人






2013年10月5日土曜日

ハルさんの遺言と裁判   その4

      




                                   『 これはね、去年の春に撮った写真なんです。』




 ドクターはそういって写真を数枚見せてくれた。山の写真。春山の頂上で
笑う先生の奥様、お嬢さん、それから先生ご本人。暖かな春の息吹きも
わずかにその標高までは届かず木立の色合いは薄い。付近に大きな湖があり
湖面に見事な絵画を描いている。



        『  ハルさんご夫妻と二家族で登山したんです。ここはアルゴイ地方の
     山でね、彼の大好きな場所でした。誰もこの数ヶ月後に彼が亡くなって
     しまうなんて思いもしませんでした。』





         『 ほら、裏を見てください。彼はまめな人でね、一枚一枚丁寧に
      メッセージを添えてくれるんです。』





   そういってドクターは私に写真の裏書きを示した。日付、場所、エピソード付きの
ものもある。そしてどの場合も最後に彼の署名が添えてあった。




      『いいですか。これが彼の署名です。
      それではこれから、現在争点となっているハルさんが
      死の前日に遺したとされる遺言書を見せてあげましょう。』




    先生はそうおっしゃって、あと一時間後に迫った裁判の配布資料の
ファイルを取り出した。







           


オクトーバーフェストのお化け屋敷内部。
(写真撮影不可とは書いてなかったのでオッケーだと思います。)
手前が綾ちゃん。思わず怖くて目をつぶってうつむいてしまったけど
出てきたオバケはいくらなんでも残念すぎるヒトだった。