2023年11月21日火曜日

アンディ、人は、おまえは変わらないのか?

              アンディに会った。もちろん偶然。

ご近所に住んでる(らしい)からいつ会っても

おかしくはない。けれどあれから3年経って一度も

彼を見かけたことはなかった。

     やはり通勤電車の中だった。

    夜のニュンフェンベルク城 白鳥


   「アヤコじゃないか!久しぶり!

                                               こっちへおいで!」


もちろん綾ちゃんは行かない。覚えてないの?

   アタシはアンタと絶交したんだよ。


    すると彼はこちらへやって来て

      どすんと隣に座った。


「オレさ、あのあと大変だったんだけど何とか

アル中(だったの!?)から立ち直ったんだ。

今日はね市内に住む彼女に会いに行くんだよ。

最近アプリで知り合ったんだ。

     どう、イケてるだろう?


見せられた携帯の画像は、いかがわしい男性週刊誌

のグラビアから現れて来たかと思わせる、露出も

露わなセクシー嬢だった。

   こんな人、リアルにいるの??

しかも文無しのアンディと付き合っている??


綾ちゃんはようやく重い口を開いた。ひとこと。


  「アンディ、仕事は?見つかったの?」


「いいや、まだだよ。今は生活保護を貰いながら

暮らしているんだ。」


ねぇねぇねぇと更に話しかけようとする彼を尻目に

すうーっと綾ちゃんは立ち上がった。

無言で席を立ち車両の奥へ移動し、おもむろに

イヤホンを引っ張り出して音楽を聴き始めた。



意思は通じた様だ。言葉にせねば何も伝わらないと

されるドイツでさえ、このくらいのゼスチャーは

通じたらしい。

 いいかい、アタシはアンタと絶交したんだ。


アタシがあの日、あの寒い日に思いを込めて

放った言葉をアタシは一語一句忘れちゃいない。

一度でもカネを恵んだらそこで友情は終わり。

   アタシが女王でアンタが乞食だ。

だから職安へ行きなさい。一生懸命働いていれば

必ずアンタを尊敬してくれる女の子に巡り会える。

  だからもう乞食は止めろとアタシは言った。


3年間はそれなりの月日だ。綾ちゃんの生活も

行動も激変している。アンタはそれかい?


人はそうそう変わるものではない。自分の欠点を

見つめて克服していくことは並大抵に

出来ることではない。それは知っている。

多くの人が変わりたい、もっとマシな自分に

なりたいと望みつつ自ら仕掛けた罠に

自ら陥るさまをたくさん見て来た。

その一方でほんのわずかだが、自らを克服し

きちんとした幸せを手にする人にも

会ったことがある。


あの時綾ちゃんはそれでも心を込めて話を

したんだ、アンディ。

  仕事をしよう、乞食を止めようって。


   まだアンタとは絶交のままだよ。

    クチなんかきいてやるもんか。


人は、やはり人というものはそう簡単には

変わらないものなのだろうか?








ニュンフェンベルク城の白鳥




2023年10月23日月曜日

ドヴォルザークに出逢う旅

 


今年の10月はドヴォルザーク三昧の日々を
過ごした。音楽というより
ドヴォルザークにどっぷり浸かった旅をしてきた。

普段ドイツに住んでいるとクラシック音楽が
近いところにある。一流のオケや音楽家に溢れ
演奏会チケットも非常に安い。

バッハやベートーベン、ブラームス、、、
数知れぬほどの大作曲家を生み出してきた土壌が
ドイツにはある。
           そのせいだろうか、スラブの音楽について
          これまで一度も真剣に対峙してこなかったように思う。

           車でも電車でも5時間あればプラハに到着できる。
           神聖ローマ帝国の首都でもあった豪華絢爛な街だ。
           その街で5泊6日、音楽だけ考える時間を過ごしてきた。 




モルダウ河畔ドヴォルザークホール前



いきなり初日にドヴォルザークホールでチェコフィル
オセロ序曲、チェロ協奏曲、交響曲第7番


コンサート帰りのプラハ城の夜景は格別


早起きは三文の得!ということで毎朝早起きして
7時にはホテルを飛び出し下調べした名所旧跡を回った。
博物館などは10時開館だからそれまでに記念碑や教会などを巡るのだ。



例えばここはモルダウ河畔の中洲、スラヴ島
ここのレストランホールで「わが祖国より」
全曲が初演された。



こちらはスメタナが指揮をしていたフラホル合唱団で
ドヴォルザークもオルガンを弾いていた。
ドヴォルザーク名前の可愛らしいプレートが。

スメタナのプレートも





そして今回のドヴォルザーク紀行のハイライト、
アントーニン・ドヴォルザークの直系の曾孫である
ペトル・ドヴォルザーク氏の案内で非公開の
ドヴォルザーク家の別荘を案内してもらえたことだった。



ペトル・ドヴォルザーク氏とヤングプラハのソリスト達





玄関と居間。
非常に寒い地域(プラハから車で1時間半)なので
晩年の春から秋までを毎年過ごしていた。
「ここにさえいれば私は幸せです」
ここでユーモレスクやルサルカを作曲。



お気に入りだったという窓からの風景
残念ながらこの日は雨。

作曲に使用したピアノ

7000㎡の庭
天気の良い日はここで作曲
筆圧の跡


今はこの庭はルサルカの庭と呼ばれている。








歴史の荒波に呑まれてこれまで数々の著名人の
生家が召し上げられたり転売されたりした。
ドヴォルザーク家の人々はアントーニンの死後
当時のままに一族で必死で護ってきた家だそうで
だからこれからも一般公開する意志が無いそうです。



それからドヴォルザークのお墓にもお参り


さすがチェコ(とアメリカ)の音楽の父の墓




こちらはアントーニンの死後棺が安置されたという
サルバトール教会




そして最終日にドヴォルザーク博物館へ行った。
2階でドヴォルザークの生涯を綴ったドキュメントフィルムが
流れていて休憩がてらにゆっくりと眺めていたら
そこに出てくるほとんどの場所に
この6日間で出向いた(行ってないのは
アメリカとイギリスだけ!)という事実が判明。
よく歩いた甲斐があったものだと
我ながら思いました。


2023年7月16日日曜日

ノイブルクの古城祭り

炎天下夏真っ盛り! ノイブルク(ドナウ川沿い)に

行ってきました!2年に一度の古城祭りなのです。



    ノイブルクは由緒ある歴史の町。

   神聖ローマ帝国時代には随分栄えた。

  その時代の衣装だからいやー皆さん暑そう。

  私たち見学者も暑いけど、消防隊が出動して

      ホースで散水していた。


    めぐみの雨ならぬ散水に喜ぶ人。

鼓笛隊や豪華な衣装の方々には放水を止めながら。



    道行く人にパンが配られたり

  砲台から銃声が轟いたりはたまた道化師も。



       騎士らしき人々も、、。



 小一時間のパレードを終えるとちょうどお昼時。

  皆でお祭り会場へ入り(ここら辺の手順は

  オクトーバーフェストと同じ)飲めや歌え!

  お店の人達も皆、中世から伝わる衣装でした。

  ここノイブルクも現在はバイエルン州である

けれど歴史的には長くシュバーベン独立市だった。

だからかな?ミュンヘンで見るのとは衣装も

         随分違う。


炎天下に立ちっぱなしだったので綾ちゃんも

随分と喉が渇いてこちらの地ビールが沁みたー!

2023年6月20日火曜日

そこにある花だけが美しいのか

今年も綾ちゃんちには野苺がびっちり

連日の夏日が心地良い。

日本に「行かない」春と夏を過ごすのは
何年ぶりだろう?

暑すぎない夏、カラッと晴れて
木陰にいれば涼し過ぎるくらい。
ほぼ毎日近所の湖で泳いで涼を取る。



湖の鴨ちゃんたち


今日は曇りで過ごしやすいから
お庭の芝刈りをしようとせっせと働き始める。
草ぼうぼうで荒れ果てた草地は鹿ちゃん達の
遊び場でもあるが今日はちょっとごめんね。



ほぼ毎日やってくる鹿ちゃんたち

草ぼうぼうと格闘しながらふと思い出した。

そういえば大昔、大学生の頃
友達に訊かれたことがあったなー。

「なぜ花を活けるんですか?
花は野に咲くものが一番美しいのに。」って。

綾ちゃんが華道のお稽古(いや、下手っぴでね、、)
にいそしんでいた頃の話。

その頃、自分でもきちんとした答えを持って
いなくて答えに詰まったことをよく覚えている。

今にして思うと、あの時その質問をした人が
農家の長男だった事実は興味深いなぁ。

だってー、野に咲く花は偶々立派なものも
自然のなせる奇跡みたいなモノも
あるのかもしれないけど
普通そんな風にはならない。

自然淘汰されるし葉っぱに栄養持ってかれるし虫に食われるしモネの睡蓮とかみたいにはならない。

綾ちゃんは庭園にはまるで詳しくないが、
西洋風庭園には英国風とフランス風に
大雑把に分かれることは知っている。
ベルサイユ宮殿の庭みたいな精緻に刈り込んで
左右対称に作られているのがフランス風、
自然を模写した造りが英国風だ。

ミュンヘンには英国庭園という
非常に有名な大庭がある。
都会の真ん中と思えぬくつろぎの森の中気分を
味わえる名庭園だ。
大自然に包まれている錯覚に陥る場だけれど
実は非常に念入りに手入れされている。
そのことに気づかせないレベルにまで達していて
奥が深い。フランス風だろうが英国風だろうが
美しい場所ってのはびっくりするほど
手間暇かかって作り上げたものなんだ。
つまり自然美とはそう易々と
手に入るものではないのだ。

これは「美とはなんぞや」という壮大なテーマに
発展しそうだから端折るけど
「野に咲く花が美しくて栽培された切り花やそれを
活ける活け花は人工的で価値が無い」というのは
型にハマった思い込みに過ぎない、ということを
当時綾ちゃんは考えていた(けれど上手く
言語化できなかった)のだとふと思い出したんだ。

だってなー、ちょっと放ったらかしたら
すぐこれだもんなーっとぼうぼうに伸びた雑草と格闘する綾ちゃんはそう思ったのだ。

、、、それだけだけど。えへ。






 

2023年5月29日月曜日

とにかく明るい安村の英語には何が足りないのか?

        久々に語学ネタ。

最近、話題を呼んだとにかく明るい安村の英国進出。
  日本人には見慣れたパンツ芸だけれど
 あの場で見ると不思議な新鮮さがあって嬉しい。
 彼の「安心してください、履いてます」は
    果たして西洋人にウケるのか?
    興味津々でつい見入ってしまう。


そしてもう一つ、彼の芸の英語訳は果たして
通じるのか?
これも興味深いテーマだったと思う。

ドント ウァリィ
アイム ウェアリング

このシンプルな訳語で見事に笑いをかっさらった。
いや、安村アッパレアッパレ、、、


とは綾ちゃんは思わなかった。


綾ちゃんは語学教師なので
つい色々気になってしまうんだ。
今日の話は語学教師として非常に深刻な問題である。

会場の笑いを巻き起こし彼のパンツ芸は大成功!
それはそれで良いのだけれど
会場に沸き起こったどよめきというかノリというか
リズムのウケは日本でのそれとは少し違ったと
思うんだ。

とにかく明るい安村は気がついていただろうか?

あの女性審査員が大喜びで
「パーンツ!」
と叫んでいた理由を。

それは彼の訳文が不完全だったからなんだ。

西洋語においてSVOとCを使った五文型が
(皆さん嫌な学校時代に思い出があるでしょう?)
どれだけ根幹を成しているのかを象徴していた。

綾ちゃんの理解が正しければ英文法で
I’m wearing.
という「文章」は存在しない。
この文章には絶対に目的語が必要で

安村が「アイム ウェアリング」を言うたびに
誰かが合言葉を言う様に下の句を答えなければ
言葉の消化不良に陥ってしまう。

その性質を利用して会場を巻き込んだ
旋風だったんだ。

そしてその合言葉がよりにもよって
「パーンツ」だったから皆が興奮してしまった。

西洋人と話をしていて、つい目的語(やドイツ語の
場合、分離動詞の前綴なんか)を言いそびれて
もぐもぐしている間に相手の人に先手を取られて
言われてしまったという体験をしたことのない
日本人はいないのではないだろうか?

日本語と西洋語では文法の論理が決定的に異なるのは
まさしくここだ、といつも思う。

綾ちゃんが生徒さん達にドイツ語を教えていていつも
「ここを乗り越えてくれー!」と
祈るのもこの五文型の壁なのだ。


言語は「言葉」なのだからそんなに四角四面に
文法にこだわらなくても、、、
と考える方も多いだろう。
それも一理だ。

だけど言葉の奥には必ずその国の文化や思想や歴史が
隠されていて、そこを識ることこそ
自分が何と格闘しているのかを知ることとなる。

あの女性は「パーンツ!」と叫ばずには
いられなかったのだ。
そのことを知っておいて欲しいと思った。


2023年4月10日月曜日

さようならから一番遠い町で待ち合わせをしよう

 ドイツでイースターを迎えるのは5〜6年ぶり

なんじゃないかと思う。まだ空気の冷んやりする

日々だけれど久々にのんびり過ごしている。


この春我が家では大きな変化があった。

長男が大学院を卒業して家を出て行ったことだ。

ドイツで育った子らしく、すぐに就職するつもりはない

ようだがバイトしながら一人暮らしするみたい。

綾ちゃん自身もかつて家を出たのは同じくらいの年齢

だったし落ち着くまではバイトもやった。初めての

一人暮らしが海外だった割にはすーっと溶け込んで

今に至るからそういうものなんだろう。

時期が来ると独り立ちするものなんだ。


我が家は日本とドイツで家族が遠くに離れているから

いざという時協力しあったり連絡取りにくくなったり

するかもしれない。

最後の日々の中で母子3人で幾つか約束をした。


家族のグループLINEを作った。今後、何があっても

ここを去らないと誓った。盆正月(クリスマスと

イースター?)には会いたいが必ずしも会えないかも。

でも一年に一度は少なくとも会おう。最初はお金ない

だろうからこちらから顔見に行くよ。


そして、もしも大変なことが起こってしまってお互い

連絡がつかなくなってしまったらどこかで待ち合わせ

よう!戦争や災害や、そんな時にはどこへ行けば

会えるだろう?

私達は、緊急用にある場所で会う約束をした。

そんな時が来ないことを願っているけれど、

私達だけの秘密の場所を心に持っていることは

新しい家族の関係の小さな灯(ともしび)が

出来たようで嬉しかった。



RADWIMPS SPAKLE

そこは私達にとって「さようならから一番遠い場所」




2023年2月6日月曜日

ガイドブックに載っていない小さな街に長崎の殉教の使徒が!〜ランツベルクに行って来たー!



      どんなに長い間住んでいても、

ドイツにはまだまだ隠れ名所が山のようにある!

   日曜日に日帰り小旅行をして参りました。


ここはミュンヘンから列車で約1時間。
ロマンチック街道沿いの小さな街ランツベルク。
可愛い可愛い市の門は歴史も古く14世紀の建造物です。


 

   レヒ川の壮観な流れの脇に佇む古い街並み。

昔ながらの水車が未だに回っていたり
ヴェネツィアみたい。


ふと右側にはベッカー(パン屋)の門という市門が。
水車で小麦を挽いていたからパン屋さんも
あったんだね。


これはすぐ脇の通りの塩蔵。
昔は塩と言えば同量の金ほどの価値があった。
交易で栄えた時代が偲ばれる。


この街を見下ろす高台に聳える聖十字架教会は
超豪華なバロック建造物。

な、な、なんとここに


 
長崎の殉教者の絵が施されているー?
そういえばこの教会の旧名はイエズス教会。
説明書きによると



1754年のフレスコ画とのこと。

思いもかけない日本とランツベルクの出会い⁇
ご縁?というにはちょっともやもや。

この日の冒険はまだまだ続きます。




2023年1月13日金曜日

「こうもり」で始まるドイツの新年




あけましておめでとうございます。
ドイツに戻って来まして一発目は
バイエルン国立歌劇場からです。
オペレッタ「こうもり」に行って来ました。


誰もが知っているお馴染みのナンバー揃い。
是非、序曲だけでもご堪能下さい。

ドイツの大晦日は「こうもり」に暮れ
「こうもり」で明ける。

綾ちゃんは故カルロス・クライバーが
一番好きな指揮者かも。上の映像はミュンヘン国立
歌劇場でかつてクライバー氏が振った時のもの。
これと同じ演出だったらどんなに素敵だろう。

結果、、、

アンコールの様子。

もっとド派手な演出だった。これだからたまらん。
本番の様子は撮っちゃダメだからお伝え出来ないけど
歌って踊って(歌劇場のバレリーナ達が出演?)
花火にキラキラな花吹雪三昧。

ああ、これぞドイツのニューイヤー!


   大晦日には馬鹿騒ぎをして踊って歌う。
何より大笑いして一年間溜まったしこりを吹き飛ばす。
    全てはシャンパンの飲み過ぎのせい。
   そしてさっぱりして新しい一年を始める。
         それがこちら流。

    
綾ちゃんの席からオケピットが良く見えた。

さぁ、新しい年を全力で駆け抜ける!