2017年11月30日木曜日

とっくに帰宅してまーす!!




日本での義母の葬儀を終えて



とっくにミュンヘンに帰宅してまーす!!





いや、これだから大阪は、、、


日本への帰省中もミュンヘンに帰ってからも息つく間もなく
仕事に追われてブログ放置中です。

ご、ごめんなさい。


もう少々お待ちください。
来週くらいには少し仕事も落ち着きます。

また改めてブログ書きに参ります。


2017年11月16日木曜日

いつまでも先送りにできるわけではない。




           いつまでも先送りにできるわけではない。
              「その日」はやってきた。



                 大阪 海遊館


        綾ちゃん、またまた日本へ旅立ちます。今回は1週間。

           前後10日ほどブログをお休み致します。




                 癒されるねえー


                  

2017年11月12日日曜日

「どこにでも転がっている」お話




今回福岡への帰省は予定に入れていなかったのだけど
松江に居続けるとどうも舅が気を使うようだし姑の具合もいいので
実家へ顔を出してみた。



綾ちゃんが先回福岡の実家に帰省するのは今年の4月以来だから
なんてこたーない半年ぶりだ。
数年に一度しか里帰りしない綾ちゃんにとっては
つい先週ぶりみたいな気持ちで実家に帰ったわけ。


ところが実家の両親二人の老け方ときたら竜宮城並みの速さで
綾ちゃんパパは一段と耳が遠く綾ちゃんママの認知症の進行具合も
さらに深刻な段階へと移行していた。





豪華客船が博多湾に入港していた。



前回も驚いたのだけれど福岡のような地方都市お年寄り人口が
ものすごい。町を歩く人歩く人すべからくお年寄りで我が目を疑ってしまう。
大阪の賑わいを肌で感じた直後だったからなおさらだ。
綾ちゃんの実家はいわゆる老老介護というやつで88歳(もう直ぐ89)の
父が80歳(もう直ぐ81)の母の世話をしている。
母はいわゆる徘徊が始まり前回綾ちゃんが帰省した直後から既に3回ほど
行方不明になり警察沙汰となっている。綾ちゃん姉が市内に住んでいるのが
唯一の救いだ。説得してGPSも最近身につけさせた。


だけどどうも色々話を聞いていると我が家の状況ってかなり
「どこにでも転がっている」お話らしい。
うちの親戚周りでも似たような話があれこれあってどこも大変なんだって。



この海、この空の色。ざ、博多って気がするなあ。




2017年11月10日金曜日

問題を先送りにしただけなのだろうか




翌日、姑は驚くべき回復力を見せて食事を摂るまでになった。
(最期の挨拶に訪れた)見舞い客たちに笑って冗談を言ったりして皆を驚かせたり
していた。綾ちゃん達親子は病室にいる間はずっと足つぼマッサージを
続け百合の花を買い足し孫達のビデオを流し最近の家族の様子を
語り合い、つまりは我々にできるわずかなことだけに集中していた。

松江の実家はここのところすっかり埃だらけになっていたので
息子と一緒に大掃除した。うん。埃があっちゃ風水的にも良くないぞ。


とにかく峠は越えた。


姑には(誕生日が2日しか違わない)綾ちゃんと一緒に
誕生日を迎えましょうね、ドイツと日本で二人で一緒におめでとうを
言い合いましょうね、と約束してお別れした。



姑はもうすぐ86歳。抱える病気は回復を望める類のものではない。
今、生命永らえたからといって永遠に延命できるものでもない。


綾ちゃん達は彼女の寿命をちょっとだけ伸ばすのに貢献していい気になって
いるだけなんだろうか?問題を先送りにしているだけなんだろうか?


いやいや、そんなはずない。
人は生きているからには最期まで生を全うするべきなはずなんだ。
そう理屈では納得してもやっぱり複雑な気持ちだった。


そんな綾ちゃんが改めて回答を得たのはその後訪れた福岡でのことだった。



大阪B級グルメの数々


一体どんだけ食ってんだ


2017年11月8日水曜日

無駄でなかった4年半



『お義母さま、どこか痛むところはありませんか?』



綾ちゃんは背中をさすりながら(きっと床ずれで痛いだろうと
思ったので)尋ねるとすぐに反応があった。



『あのね、足が痛くて痛くて仕方がないのよ。』


そうか、足だ。なるほど。
こいつはお安い御用。なんたって綾ちゃんは4年半も漢方医学の
職場で働いていたんだ。ツボだって知ってる。


足をそっと触ってみると案の定氷のように冷たい。


綾ちゃん、息子に指導して二人で左右から足もみを開始。
生命力が弱っているのでそっとそっと優しくなでるように。


例えばふくらはぎというのは自然療法の世界では
「第二の心臓」と呼ばれている。下降した血流を上手く上昇させて
あげればそれだけでも生命力をアップさせることができるはずだ。


綾ちゃんたちは2時間ほど足マッサージを続けた。
姑の足は随分暖かくなった。


綾ちゃんはちょっとした確信を持った。
きっと明日はずっと具合が良くなっているんじゃないのかなって。





どこまでも大阪グルメ
贅沢なネタの数々


どすこい


2017年11月6日月曜日

そして目覚め、、、




『ほらほら、お母さん、ドイツから来てくれたよ、綾子さんたち。
そろそろ目を覚まさんかいね。』


義父の呼びかけが続く。


姑のまぶたがピクピクと動く。
我々も肩や手のひらをさすりながら呼びかける。
まぶたのところがぴったり重なって開けたくても
開けられないような感じだ。


綾ちゃん、おしぼりで軽くまぶたを拭ってあげた。



ゆっくりゆっくりとまぶたが上がった。
ものすごく力がいるらしく気力の総てを振り絞っている感じだ。
まぶたを押し上げた後、今度は眼球をよっこいしょと回す。
目の使い方というものを忘れてしまったような動きだ。



見事な菊の花 靖国神社にて



白目が1分ほど続いた後ようやく目の焦点が合った。
すると意外にも声を出す方は素早く準備できたようで
もう次の瞬間には喋り始めた。


『まあ、綾子さん。遠いところから。本当に申し訳ないわあ。』


信じられない。意識が戻った。バンザイだ。


ドイツから駆け付けた甲斐があったというものだ。



東京で靖国参拝してきました。綾ちゃん靖国さんは初めてです。


2017年11月3日金曜日

宍道湖の見える病室




             あれから1ヶ月経ったんだなあ。


      姑(しゅうとめ)危篤の一報に綾ちゃんは翌日以降のすべての
     予定をキャンセルして大阪行きのチケットを取った。大阪から
     新幹線で岡山へ、岡山からは特急「いずも」に乗り換えての長旅になる。




        飛行機から眺める関空の上空。海と山とがニッポンだ。
 

      姑とは随分お会いしていなかった。何度か訪れようと試みたのだけれど
     やはり病気の身には綾ちゃんが来ると気を遣ってしまうからと遠慮するよう
     言われていたのだった。日本に帰省するときにはついつい失礼してしまって
     いた。86歳の高齢でここ数年来の長患い。一年に数回救急車のお世話に
     なるのが恒例と化している。しかし今回はもう望みがなさそうだ。
     昏睡状態でお医者様から親族を呼ぶようにと言われた。


      松江駅に降り立ったときに綾ちゃんが最初にしたのは花束を買うこと。
     姑の好きな百合の花をいっぱい買おう。女学校時代その美貌を
     「白百合の君」と崇められていたという彼女は百合の花が大好きだ。
     母の日にもお誕生日にも綾ちゃんは毎年百合の花を贈っていた。


      スーツケースをごろごろ転がせながら綾ちゃんが息子を従えて
     その病室のドアを開けた時、出迎えてくれた舅(しゅうと)の
     背景には美しい宍道湖の風景が見えた。
        

            ああ、ここは出雲の国。松江だ。
           

宍道湖(出雲観光協会の写真より)



2017年11月1日水曜日

神の在わす国、出雲



島根県は全国の都道府県で綾ちゃん一番お気に入りの場所だ。
山口みたいに長州藩士とかみたくごっつい感じないし
ラフカディオ ハーンとか日本を愛する美意識の高い人がいる。
何より日本書紀のふるさとで古来の伝承に溢れている。
とにかく素敵な場所なんだ。
しっとりと落ち着きのある城下町で宍道湖の輝きがが心に沁みる。




松江の老舗旅館 皆美館(みなみかん)の額 司馬遼太郎(左)
 


皆美館


綾ちゃんは夫と結婚が決まるまで夫が島根県の出身だと
知らなかった。広島や東京暮らしが長かったと聞いていたからね。
そりゃあ喜びもひとしお。
出雲の人のところに「嫁ぐ」んだもん。
まあ正確には1日だって住民だったことはないけれどね。




松江に行くと「嫁」なーんていう古風な響きに緊張しちゃう。


そう、今回は「嫁」として綾ちゃん松江に行ったのです。




と言いつつ懐石料理に舌鼓。






不昧公(ふまいこう)お好みの鯛茶漬け。皆美館名物です。
鯛の身をほぐしたものとゆで卵でいただく。



おっと、目玉オヤジちょうちんも飾ってあったね。
これも島根県産品。