2013年5月9日木曜日
南の島から来た彼女 ⑲
そんなこんなをつらつら悩んでいる間にも着実に時は経っていく。
同時進行で私たちはホーノルさんと急激に親しくなっていた。私は私で四方山話で
病院の内輪の話を当たり障りない程度に話したりしていたし、ドクターはドクターで
今回のリノベーションの話を自慢半分で相談していた。
先生 『ね、見てくださいよ。今度受付を新しくするつもりなんですけど
これってどうでしょうね。白くて大きくってかっこいいでしょう?』
あ〜あ、始まっちゃったよ、って思っていたらホーノルさん、突然顔つきを変えて
決然と言い放った。
ホーノルさん『ドクター、あなた本気ですか?こんなことしたら今まで培ってきた
この病院のこれまでを全て踏みにじってしまいますよ。』
ええ〜??ホーノルさん、言っちゃったよ。
たいがいのことをはっきりともの申すドイツ人だけど今回の件に関してはこのカタログを見せられたドイツ人は一様に、まあいいんじゃないですか的な態度だった。
まあ、他人事だからね。きれいになるし立派は立派だし。
まさか彼女がこんな事を言い出すとは私は予測がついていなかったのだ。
(つづく)
マダラヤドクガエル すごい色
2013年5月8日水曜日
南の島から来た彼女 ⑱
私は悩み深い日々を送っていた。
今回のリノベーションから始まった一連の「病院改革案」に私はとことん不満
だったのだ。特にリードさんがしゃしゃり出てきてからは全体の方向性とも言うべきものがとことん本質から外れているといわざるをえない。少なくとも私にはその確信が
あった。
でもここは私の病院ではない。
私は自分の性質上他人との境界線を踏み越えることにものすごく敏感な人間だ。自分が
領土侵犯される事が苦痛でたまらないから他人もきっとそうに違いないと思ってしまう。どれほど気が合わなくても、または大切な人に対しても基本的に自分の信念や意見を
押し付けることをしない。皆、それぞれ価値観や生き方がちがうからそれを尊重すべきだと思ってしまうのだ。
私はただのアシスタントな訳だから病院がどんなふうになろうとも自分の責務を淡々と
こなしていけばいい。それに病院という「いきもの」はそれ固有の「成長」や「歴史」と
いうものを持っているはずで私ごときが横槍を入れるべきではないんじゃないだろうか、
そもそも私が何か言って流れが変わったりするんだろうか?
それでも私が最後までひっかかってしまったのは、実は彼らが中国人だからだ。
(過当競争をしなかった頃の)共産圏の人間だ。しかも国民服を来ていた時代の、
である。
私が職場でドクターと同世代の中国人を見ていて思うのは、私と比べて「世慣れ方」が
ものすごく「遅れて」いるということだ。そしてその事を心の隅で恥じらっていて
西洋人が「ドイツでは〜」なんていうと状況を冷静に分析する事なくひょいと流されて
しまうのだ。おい、診察や治療のときの威風堂々はどこへいった〜!
誰かがそっと耳元でささやいてあげてもいいんじゃあないか。
『あなた自身のやり方でいいんですよ』って。『自信を持って』って。
おせっかいが大嫌いな私。職場では無駄口、陰口をたたかないおとなしい私。まっ、
これはドイツ語で生活してるせいだけどね。日本語ならぺらぺら綾ちゃんなんだけど
職場では物静かが売り物のフラウ ヨシオカなのさ。
(つづく)
おお〜!コスタリカ島周辺の海に泳ぐイルカたち
2013年5月7日火曜日
南の島から来た彼女 ⑰
14時には終了するはずだった研修が終わったのは18時を超えていた。
ああ、主婦失格、母親失格だあ!この一日の講習を通してわかった事と言えば
私の雇用主であるドクター一家の人たちが(というかドクターその人が)ガイジンの
価値観に弱いらしいということと、より「良い病院」を作るためにはたくさんお金を
かけて高級ホテルのような内装と備品をそろえこれまた高級ホテルのような応対、
マニュアル対応が求められるという事だけだった。
ばっかみたい。
生意気だけど私はわかっているつもりだ。良い病院、魅力的な病院経営のために
どんな努力が高いプライオリティを持っているのか。
例えば私が初めてうちの病院に患者として電話をかけたときの事(4年前の事だ)、
病気の子供を抱える不安なママである私のかけた電話をとったのはうちのドクター本人
だった。
『はい、ドクター ○○ 診療所。』
さてみなさん、これまでの経験で病院に電話をかけていきなりそこのドクターが電話をとったという体験をなさった事がおありの方が一体何人いらっしゃるでしょう?
少なくてもドイツではありえないことだ。
多くのドイツの病院では医者と電話で会話をする事に対して一分いくらで請求書が発生する。弁護士さんとかの法律相談みたいにね。リードさんもうちのドクターが気軽に
電話をとる事に対して「絶対やってはいけない事」と定義づけた。医者のステイタスに
関わるから。
だから私は初めて彼と会話をした時(先生はもちろん覚えてらっしゃらないだろう。
単なる料金問い合わせと予約の電話だったからね。)猛烈に感動したのだ。ここは
普通の病院じゃあないって。
そういう、ちょっとしたキラキラ光る感動をどんな風に積み重ねていくかに全てがかかっている。リードさんのおっしゃってる事がわからない訳ではない。例えば衛生面を
ドイツのトップレベルに持って行く事(これはハードル高い)人員 • 労働条件を
そろえる事、そういった外的条件をあくまでドイツ人から見て「うわっ、中国人!」って卑下されないレベルに引き上げるのはものすごく重要だ。でもこれがトッププライオリティーではない。ましてやドイツ人の価値観にのっとって権威付けをしたりドイツ人の好きそうな細部にこだわった統一感を演出したってそれはドイツの病院の物まねにしかならない。その人にしか出来ないやり方を見つけるしかないのだ。それが本来どれほど困難を伴う事か。(そしてうちの先生がな〜んも考えずにどれだけそれをいとも簡単にこなしていることか。)
(つづく)
さて、コスタリカのホーノルさんがちっとも登場しません。
彼女はどうなってしまったのでしょう?
2013年5月6日月曜日
南の島から来た彼女 ⑯
二度目の中断に至っては喜劇そのもの。
お昼ごはんのあと(私がお家から手まり寿司、ポテトサラダ、春雨サラダを
作って持ってきた。あと中華の店屋物を取って豪華昼食。)ドクターがお嬢さんの
愚痴を言い始めた。医学部志望のお嬢さんも後学のため参加していたのだ。16歳。
先生『全くうちの娘は毎朝登校前最低30分は化粧室にこもって化粧に精を出して
るんだ。30分といっても最低だよ。若い娘がてかてか化粧になんぞうつつを
抜かしてニキビを隠すのにやっきになっとるんだ。毎日そんな事に時間を浪費する
暇があったら野菜をもっと食べて運動でもすりゃあいいんだ。そうすりゃあ
便秘も治る。』
その瞬間、場の空気が変わった。
お嬢さん『便秘だなんて、私がそんな事になったりしている訳ないじゃないの。
パパったら医者のくせに娘の体調一つ解らないなんて!
だから私は具合が悪くなったって絶対パパにはかからないのよ!!!』
そう言い捨てると彼女はわっと泣き出して台所へ入って中からとおせんぼをした。
その時にはすっかり自分は泣き止んで気分も直っていた奥様がため息をつきながら
おっしゃった。
奥様『全くうちの主人ったら、「打ってはあやまる」の繰り返しだわ。自分が医者な
もんだから患者さん相手に何でも質問するのに慣れてて女の子の恥じらいってのが
わかってないのよ。みんなの前で、この娘は便秘ですって紹介される方の気持ちは
さっぱりわからないんだから。』
そう、本当の事は決して本人の前で明かしてはならない。
他人がいるならなおさらだ。
お嬢さんは30分ほど台所に居座った後、あろうことかトイレに河岸を変え(!)
また30分ほど滞在しドクターに謝罪を重ねさせた。
そう、馬鹿みたいで、はた迷惑な話だ。
(つづく)
手まり寿司は簡単で豪華っぽく見えるので良く作ります。
2013年5月5日日曜日
南の島から来た彼女 ⑮
『私には無理よ。私はずっと学者生活だったんだし
ここでも私の仕事は薬草管理と会計で今は忙しいときと
吉岡さんがいない時にピンチヒッターで受付に座っている
だけなんですもの。』
奥様は泣きながらおっしゃった。リードさんは高圧的に私たちに接客応対の
マニュアル通りに対応する事を求めた。にこにこ笑って相手の目を見て一問一答
マニュアルに沿って受け答えしなければならない。発音がダメ、イントネーションも
おかしい、目が笑っていない、などと次から次に奥様を責め立てた。エレベーターガールとか(日本には今でもいるのだろうか?)ホステスとか(日本語のホステスって本来の
意味からずいぶん離れてるけど)みたいになれってことみたい。
リードさんが奥様をあんまり責め立てるから(ドクターまでおい、もっとちゃんとやれ的な態度で誰も彼女を助けようとしない)さすがの私もふだんのちんとしてる態度を
なげうって応戦に出た。
私『ちょっと、いくらなんでもそれは言い過ぎじゃあないですか。誰だって得手不得手
はあるわけだからいきなりそんなに責めたって急に上手くなんかなれないですよ。
こんなトレーニングしなくったって奥様はとっても接客上手だし(ある意味私より
ずっとお上手)苦手なところはいかにもチャイニーズらしい印象を与えて
素敵なんですよ。どっちにしても泣かせるまで責めるなんて間違ってます!』
吉岡爆発火山と相成りとりあえずこのテーマはあと自習ということになった。
ちなみにここで私が怒って奥様をかばった事がきっかけで以後、奥様は私の事を
とても大切に想ってくださって現在に至っている。
(つづく)
コスタリカ料理ガラスに盛りつけられているのが
魚介のマリネ。中央が主食「ガジャピント」お米と豆の煮込み。
手前がトルティージャ。
2013年5月3日金曜日
南の島から来た彼女 ⑭
今、あのときの研修の一日を振り返っても、まあなんという無駄な一日を過ごしてしまった事だろうと思わざるを得ない。
2回、大きな中断があった。それで午前中の予定が結局丸一日かかってしまった。
家族が怒っても仕方ない。そもそもドクターはなるべく早く終わらせたかったので
朝の早い時間に始めたかったのだがリードさんが「土曜日は朝寝坊をしたい(!)」の
一言で10時開始。信じがたい事に、「こうしたら途中で昼食休憩をはさめるから。」
だって。もちろんうちの病院にごちになるつもり。私はドイツで今まで色んな講習会を
受けてきたけど講師が生徒に昼食をごちそうになるなんて(はっきり最初からそれを狙うなんて)ただの一度も無かったよ。必ず各自払いで外に食べにいく。
先生の奥さんは週末に病院を開けるときは料理はなさらない。(中華の)店屋物を取る。
どういう了見だ!?
最初の中断はとんでもないことがきっかけだった。
先生の奥様が受付応対および電話応対のトレーニングに上手くついていけなかった。
何と言っても全部ドイツ語。スマイル。丁寧な抑揚、丁寧な物腰、そして正しい
ドイツ語。奥様は元々学者肌で(北京大学の薬学博士だ)商売っぽい人ではない。
その割に意外と社交的で、発音は良いと言えないけれどものすごくぺらぺらしゃべれる。
リードさんはその彼女にダメだしを出し続け否定し続けとうとう終いには泣かせて
しまった。
(つづく)
コスタリカ島の夕焼け
2013年5月2日木曜日
南の島から来た彼女 ⑬
微笑みを絶やしてはならない。患者さんはあなたの「機嫌」などに
興味は無いのだ。スマイルの練習。電話応対。明るい声で正しいドイツ語。
問い合わせの電話をどうやって「予約」にまで導くか。とてもお高い
うちの診療&治療費の「案内」をいかに巧みに行って何とか一度試してみよう
というところまで持って行かねばならない。
正直、研修の全てが私には陳腐で退屈だ。マクドナルドじゃああるまいし。私は
サービス大国からやってきた日本人女性だ。どこへ行っても最悪のもてなししか出来ない
アンタたちにご講義受けるとは笑止千万。ドイツ人でサービス指導する立場の人は全員
一度は日本に旅行すべきだ。
私がこんな事思うのは思い上がりかもしれない。でも今日この時間で課される課題を
私は全て難なく満点クリア。私じゃなくったて大抵の日本人でサービス業を経験したこと
ある人なら誰だって優等生だよ、こんなの。私はもともと商売人の娘だしバイト経験
だって豊富なんだから。
もう一つ生意気を言おう。リードさん、アンタの言う通りにしたって売り上げは
伸びないよ。どうして解らないんだろう 。歯がゆくってしょうがないよ。
うちの病院が上手くいっている理由はひとえに「人間力」だ。うちの先生の
圧倒的なキャラクター。どれだけ長くドイツに住んだってドイツ語がぺらぺらになったってドイツ人の国籍を取得したって、逃れようとしても振り払う事の出来ない大陸の香りと
悠久の中国文化。その魅力に惹かれて人々は集まって来る。こんな事誰にだって出来る事じゃない。中国人なら誰でもがオリジナルの香りを醸し出せるという訳ではない。
医師として腕がいいというだけでなく中国の匂いをぷんぷんさせるという事について
彼は天才的なのだ。もちろん何の努力も無しに。
日本人の私に彼の助手が務まるのはおそらく現代中国が失ってしまった古典の香りを
むしろ理解して素直に尊敬出来るから。日本の漢字はむしろ現代中国語の文字よりも中国古典に近い。中国人の若者の大半は黄帝大経(こうていだいけい、中医学の古典)どころか杜甫も李白も史記も三国志ももちろん読めない、どころか内容的にも何を知っているかかなりアヤシい。ここらへんは日本人だって同じだと思うかもしれないけれど、中国の場合は国策として意識的に古典をぶちこわす教育を行ってきたからね、もっと極端なんだ。
とにかく小手先のテクニックで価値が計れるなんて、そしてそんなつまんないことを
90万円もかけて説教しに来るなんて信じられない。
(つづく)
スマイルが大切なのは本当。でもね❤
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