2016年12月14日水曜日

これなーんだ?



これ、なんでしょう?

この間すごく寒かった日、木々という木々が全て樹氷と化して
美しかったですねえ。



全ての木に真っ白な樹氷の花が咲いてため息ばかり。
ドイツの冬は雪の代わりにクリスタルを散りばめた。
寒いは寒いがロマンチックを通り越して夢幻の世界だ。

て惚れ惚れして風景を眺めていたら息子が


『あー、僕これ嫌い!!』

なんじゃ?と
見てみると、、、

面白かったから写真撮っちゃった。



さてこっちはお友達のもとこさんとギージンガー醸造所へ
飲みに行った時のこと。



最近グルメブログになりつつあるな。
ブログで退職をカミングアウトしてからというもの
「遊ぼうコール」が絶えず宴会だらけの綾ちゃんです。


ギージンガーは二度目だけれどものすごい賑わいです。
ビールも食事もハズレなし。ぶらりと行ってみたら満席で結局
2家族バラバラに座った。宴会の意味イマイチ。


今度またリベンジしようってまだ遊ぶ気か、綾ちゃん、、。



2016年12月11日日曜日

バースデイ、、雪の女王?



バースデイプレゼントで頂いた。

泡立て器はドイツ語でシュネーベーゼン(Schneebesen=直訳で「雪ほうき」)
それで雪の女王か???




日本からのプレゼント。耳つぼピアス。これはドイツには売っていない。
各色、揺れるタイプとかいただきました。


尖閣諸島問題のシュミレーション寓話。
現代の「動物農場」。百田尚樹の最新刊いただきました。



お誕生日当日は夜遅くまで息子のチェロのレッスンが入ってしまったので
ちょっと気分だけでもって夜遅く空いてた和食店で
二人で巻き寿司食べました。



息子から貰ったチョコ。


えへへ、皆さんありがとうございます!

2016年12月9日金曜日

女子会そして誕生会




あれ?なんで綾ちゃんのブログにくまちゃんがご出演?
間違ってるんじゃないの?って思ってくださる方いたら
ミュンヘンブログ通ですね。

実物はため息の出るようなビロードミンク調(てミンクも実物知らないけど)
輝く毛並みのロシアンブルー。写真に撮るとなぜ茶色っぽくなるんだろう?



こっちはコーギーのパーシー。
名前の由来は機関車トーマスじゃなくて果物の柿なんだって。


そう、先日運命の邂逅を果たしたRitsukoさんとお会いしました。


RitsukoさんだけじゃなくてRitsukoさんのブログに登場する
姉様さま、Yさんさま、Kさんさまなど皆さま総出演。
(MMちゃんさまにものちに紹介してもらえた)
そして初対面とは思えないほど盛り上がった挙句



日を改めて合同お誕生会を催しました!
Ritsukoさんのお誕生日と綾ちゃんのお誕生日は3日違いです。

綾ちゃん、寿司ケーキを作ってフォンデュパーティーで盛り上がったのなんのって
夜中過ぎまで女ばかりで盛り上がってしまいましたね。







えへへ。これからもよろしくね。パーシー。


とらちゃんには会えずじまいでした。



2016年12月7日水曜日

再びミュンヘン、そしてお知らせ



最終日はたくさん時間がないのでドナウ川辺の景色が眺められる
ホテルマリオットにやってきてゆっくり朝食。というかブランチですね。
軽い気持ちでオムレツ(息子はハム、綾ちゃんはサーモン)頼んだら
驚きのボリューム。この後9時間バスの旅中ずーっとお腹いっぱいだった。






さてここはどこでしょう?
ミュンヘンに帰ってきて最寄りの駅のホームです。ほらね、
やっぱりドイツの方がゴミだらけです。






この少女の像はライトアップされてとても趣深い。
第二次世界大戦におけるソ連兵の慰霊の像だそうです。戦後、撤去の
議論になったそうですが残されたらしい。なるほど。意味合いはともかく
壊してしまうには惜しい。よくわかります。


ということで仕事を終えほとんどそのまま旅に出かけ
遊びまくってまいりました。


さてここからはお知らせ。


以前にも触れましたがこのブログの本来のコンセプトである
ドイツにおける漢方(中医学)と日本人の私というテーマからは
日々の方向性が外れていくため、近々、ブログをリニューアル予定です。

漢方ブログランキングからは今週いっぱいをもって撤退予定ですので
そちらからアクセスしていただいていた方は恐れ入りますがご留意願います。


これからも日々思い連ねたことを綴っていきたいと思います。
よろしくお願いいいたします。



2016年12月6日火曜日

ダビデの星とセンス溢れるオブジェたち




ブダペストでシナゴーグにも行きました!

表玄関が見つからずウロウロして後ろから見た写真。
すごい観光名所になっていて料金所は長蛇の列でした。
ドハーニ街シナゴーグはヨーロッパ一大きいそうでリストや
サンサーンスがなんども演奏したそうです。サンサーンスがユダヤ人だと
綾ちゃん知りませんでした。


ダビデの星がありとあらゆる箇所に使われている。
戦争映画とかで辱めに使われるシーンを見てきたから、こんなに誇りを持った
モチーフだったのだと改めて目からウロコだった。


モザイク調




入り口の鉄柵


上方を見上げると



ランプもほら、、これはおしゃれ。



中庭は墓所になっていた。おそらく戦時中に亡くなった方々だと思う。



虐げられた人々を型取ったモニュメント



針金製の柳の木。葉っぱの一つ一つにホロコーストで
大虐殺された人々の氏名が書かれている。
ドナウ川の靴の銅像にしてもこの柳も虐殺や戦争反対などの暗い思想を
思わせるものではなくて命の美しさを謳った繊細で
センスに満ちたオブジェだな。


2016年12月3日土曜日

やっぱりパーソン トウー パーソンでなくっちゃ



2日目のこと。あの素晴らしい夜景をやっぱりクルーズで楽しみたい!
プラハではやたらと遊覧船の客引きがいたもんだけどここブダペストでは
うまく見当たらない。船もパッと見渡した限りではどれがいいのか区別がつかない。


夕方休憩にホテルに戻ってネット検索したけれどどうもピンとこない。
そうだ、こういうときのためにコンシェルジェがいるんだった。
普段貧乏旅行ばかりしていて(いやこれもそうなんだけど)他人に頼る癖が
無い我々。昨日も大当たりのレストラン紹介してくれたじゃない。
ロビーに降りて相談すると一発。


『うちと取引船は幾つかございますがお客様には日本語ガイド付きの
これをお勧めいたします。こちらで予約されると1割引でございます。』


ワンドリンク付き。予約も入れてもらって楽チン楽チン。ガラス窓で夜景を堪能。


昨晩見惚れた夜景にググッと近づく感じがたまらない。
この風景も忘れられない思い出だなあ。


そして最終日の夜。よーし、ラストデイナーだあ!

迷わずコンシェルジェさんお勧めの夜景の美しいレストランを
予約した。でも電話は自分でかけて大正解。búsuló juhászというお店です。


初日のspoonでやっぱり自分で電話したら店員さんが綾ちゃんを覚えていてくれて
とってもお茶目で親切に接してくれた。席も良い席だったんだ。
そして今夜も特等席!
ちなみに予約なしのお客さんたちは(空いていた)窓際の席には
座らせてもらっていなかった。やっぱりパーソン トウー パーソンって
大切だなって今回学習したんだ。もちネット予約より肉声が良し。

 

前菜は二人でシェア。息子はカボチャ入りヌードル。
綾ちゃんはお魚。激ウマでしかも全然お高くなかった。


Trip Adviserで一位評価のお店とかにもランチで足を運んでみたけれど
こんな風に心に残るお食事やサービスを受ける感じじゃなかった。

ここは宮殿のある丘の上にあって地の利が悪いせいか
客の入りはそこそこだった。その分静かで丁寧な応対に大満足。
やっぱり地元の人のアドヴァイスに従って大正解でした。


コンシェルジェは観光のスペシャリストなんだから頼れるだけ
頼った方がいいんだね。



2016年12月2日金曜日

東欧の国々の現在についていけない



ブダペストネタでまだ引っ張ってますね。もうしばらくお付き合いを。


地下鉄へ通じるエスカレーター。ミュンヘンマリエンプラッツのも長いけど
これも延々長かった。しかも速ーい!

ハンガリーは物価が安くて見どころ多い街だけどそれ以外はボロボロで
治安も悪いと聞いていた。実際はどうだったかというと、、、



例えば3本ある地下鉄。観光名所を結ぶこの黄色のラインはおしゃれなノスタルジー風。



駅名もタイル張りで素敵。

でも写真撮り忘れたけれど最初に乗った青のラインは(ヨーロッパイチ古い!という
だけあって)ボロボロ。綾ちゃんはあまりの風情にむしろ妙な愛着を感じた。


綾ちゃん達が歩き回った界隈は所詮観光客がたむろするユーロのドル箱(って
表現おかしい?)驚くべきことはドイツで見かけるほとんどすべてのブランド店が
あった。料金表示も現地通貨とユーロの両面表示。決してお安くなどない。






だけどね、ちょっと裏通りに回り込むとボロボロの街並み。
ハンガリー国が過去のハンガリー=オーストリア帝国時代の遺物にすがって
観光立国として外貨調達に躍起なのは疑う余地もない。
けれど悲しいほどのハリボテ。

街にはゴミ一つ落ちていなくてむしろミュンヘンの中心部より清潔な感じだけど
浮浪者はたくさんいた。ミュンヘンと同じくらい。



特別におしゃれな店でなく普通の地元の料理も試してみようと
ハンガリー料理店へ。綾ちゃん、痛恨の一事で間違えて臓物を注文。



名物フォアグラソテーを息子が挑戦。結果見事に敗退。

地元料理は綾ちゃん親子には脂っこすぎて半分も食べれなかった。


綾ちゃんは滅多なことでは食べ物を残したりしないんだけど残念だった。

そしてこれが現実なんだなと思ったんだ。


綾ちゃんはこの20〜30年ほどの社会・共産主義国家の商業主義受容の
現実に理解がどうもついていけなくて困っていたんだけれど
こうやって観光という形で現地を訪れてみると見事にそう言った
パラレルな事情に直面してははあ、こういうことなのか、と思ったりした。


観光客フゼイが手前勝手を言うのは浅はかに過ぎるだろうけれどおそらく
間違いなく一般市民の暮らしは綾ちゃん達が楽しんで時間を過ごすブダペストの
街並みとは別次元のところにある。


1989年の頃(綾ちゃんはまだ日本にいた)をふと懐かしく
思い出したりした。