2014年10月31日金曜日

救済、恩寵、だがそれは死がもたらしたもの

                       


    今日は月曜日。綾ちゃん月曜日の朝はいつもちょっとお疲れ。
   週末にだらけたネジを巻き直すのに時間がかかる。



                 今日は二番目の患者さんであのおばあちゃんが来る。あ~あ、きっとまた
   大変だ。いつもおばあちゃんちは週末に新たなトラブルが降りかかっているから
   やって来ると先ずは涙、涙にくれて消耗し尽くすんだよね。でも泣くっていう
   作業は大切な心の自浄作用だからね。ゆっくりじっくりお話聞いて
   あげなくっちゃ。



                    悲惨な物語を聞かされるであろう心の準備をしつつ最初の患者さんの
    治療が始まる。


                     綾ちゃんが最初の患者さんにお灸している頃、ドアチャイムの音が
    聞こえた。


     おばあちゃんだ。玄関の受付から遠い部屋にいるから音は小さいが
    職業上の慣れで患者さんがどんなふうに入ってくるか手に取るように
    目に浮かぶ。
   


                     ドクターがいつものようにお茶を勧めて歓談が始まったみたい。
    
      んん?でも今日はそれほど涙にくれてる訳ではないのかな?遠くから
     かすかな音を聞き取っているだけだから何とも言えないけれど。



                        お灸が終わった。おばあちゃんに挨拶しよう。
     こんにちは。おばあちゃん。あれれ?今日のおばあちゃんったら
     何だか明るい。



                         そうか、服装が明るいんだ。真っ白いブラウスにピンクの
      カーディガン、真珠のネックレスもしている。穏やかに微笑んで
      静かに輝いている。彼女はゆっくりとこう言った。




                             『おはようございます、ヨシオカさん。私の元に
       神の恩寵が参りました。義理の息子が死にました。
       私たちは救われたのです。(Wir sind erlöst!) 』



                              はあああああ~???



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2014年10月30日木曜日

戦中世代の見るヒットラー

                  


      その日のお昼ご飯はドクターと二人でとった。先程陽気なおじいちゃん、
   シュテイルさん(仮名、でもシュテイルっていうのは「静か」という意味)が
   お帰りになったばかり。



             ドクター『いやあ、あのシュテイルさんは楽しい方だね。美術商だから
       歴史と芸術に造詣が深くって話始めると時間が経つのを忘れちゃうよ。』



                そうそう、綾ちゃんも彼とお話して楽しかったんだよ。今日はなんと
   シーボルト(!!)の生涯、日本から追放されたあとの彼の足跡を
   レクチャーしてもらっちゃった。うちの病院のすぐそばにシーボルトの
   お墓がある(!)なんて初耳!これは是非とも行ってこなくっちゃね。



                ドクター『彼はあの年代の方としては驚異的に健全な心の持ち主だね。
        今日は朝一番にあのおばあちゃんと長い間話をしていたからね。
        なおさらコントラストが浮き立つよ。』



                                  『戦中・戦後世代の人というのは多かれ少なかれ心に傷を
         負っているから老後、吐き出すように心身共に歪みが
         際立ってしまうものなんだ。でも面白いのは二人とも
         ヒットラー肯定派だということだね。』


                     うんうん、綾ちゃんもそう感じていたんだ。ヒットラーという存在を
    教科書や歴史の本などで読んだのではなく、メルケルやコールなどのように
    同時代の人として感じていた世代の中にはこういう人が意外に多い。
    つまりヒットラーの台頭によって雇用問題が解決されて経済が上向きになり
    生活が目に見えて良くなった現実を肌身で感じていた人々だ。

                         生きた歴史の証人。ドイツに何年住んでいても驚くことがまだまだある。





陽気な仲間


2014年10月29日水曜日

治療だけが心の安らぎ




                        そんな日々が続きおばあちゃんは病院を訪れるたびにオンオン泣いて
     近況を語るというパターンが繰り返された。彼女から聞かされる話は
     どれも聞くに耐えない酷い話で、これほど醜悪な環境でいつ終わるとも
     知れない地獄を高齢の身の上で引き受けるのはさぞかし大変なことだろうと
     同情を禁じ得なかった。



                      おばあちゃんがやって来ると先ずお茶を一緒に飲みながら
      綾ちゃん、ドクター、おばあちゃんの三人で近況を尋ねる。
      一通り涙にくれたあと、治療室に場所を変えて綾ちゃんが
      足の反射区マッサージをしてあげる。夜、まるきり眠れない
      おばあちゃんはここでだけはぐっすり眠れるとおっしゃって
      いびきをかきながら熟睡。爆睡。良かった。


                      最近、ヒマだったからね、うちの病院。彼女のために
      たっぷり時間が取れる。

                       指圧が終わってドクターにタッチ交代すると、ドクターはなんと
      彼みずからもう一度指圧マッサージをしてあげる。
      これは料金取らないサービスだよ。他に緊急の用がない限り
      随分長い間身体を揉んであげながら世間話(大抵はおばあちゃんの
      昔話)を二人きりでしていた。


       時間を取ってあげられないときは吸玉療法をしてあげる。


                         最後に鍼を打ってチャイムを手のひらに持たせたら治療おしまい。
      鍼が全身に刺さった状態だけど赤外線ランプもつけてぬくぬくお昼寝。
      起こして欲しいときにチャイムを鳴らしてくれればいい。
      これにお灸が加わるパターンもあるね。




                           治療が終わるとだいたいお昼の12時。マイさん特製野菜スープを
      飲んでから家に帰る。



                             おばあちゃんにとって今やうちの病院での治療タイムだけが
       大きな心の安らぎの時間となっているのは明らかだった。
                     

お、探偵もう一パターン発見





大集合!壮観!


2014年10月28日火曜日

アル中の夫と重度障害者の妻

                  

      あの娘の夫はもう随分以前からアル中なの。会社をリストラ(なんと
    生々しい話!)されてから酒と暴力でストレスが多くてうちに避難してきた
    矢先に起こった脳卒中で、本人も私の元で介護を受けることを望んでいた
    はずなのに。



                     おお、あの娘さん、既婚者だったんだ。いつもおばあちゃん(母親)と
    お姉さんに付き添われていたっけ。



                     アル中や暴力の人というのは発作と改心の繰返しで根本的な改善を
    望むのは難しいというのが通説だけど、連れ戻しにきたということは
    きっと奥さんに根本的な「情」はあるんだろうな。


                    それから「失業」と「アル中」。この二語はセットだし。


     しかし夫がその状態で奥さんの介護は出来まい。


                      『そう、だから結局毎日私とあの娘の姉とで娘の世話をしに
     行くのだけれど、あの義理の息子と喧嘩ばかり。流石に私に対して
     暴力は無い(ということは理性は働いている訳だ)けれど言葉の暴力が
     あまりに酷くて。』




                        おばあちゃん家とお嬢さん夫婦の家はすぐ近所らしい。



                        おばあちゃんの方も本来激しくて自分を曲げない性格なのは
     綾ちゃんも知っている。普通の状態でもこのタイプの姑と
     上手くやっていくのは大変だろうに毎日毎日アル中の義理の息子と
     やんややんや喧嘩してストレス溜めまくり。

                         実は綾ちゃん、おばあちゃんの容体を良く知らない。
     もちろん彼女のカルテはそこにある。それを見ればどこが痛むとか
     色々と書いてある。が、綾ちゃんが彼女に、
       「お身体の具合はどうですか?」と尋ねると
     どこがどう悪いって話よりも「昨日こんなことがあって」という
     ストレスの原因の話ばかりになるのだ。



       この状態で治療を続けて治るのかな?おばあちゃん。





バイエルン地方の男女




花嫁と花婿


スパイダーマン


2014年10月26日日曜日

その重荷が生き甲斐だった




                 『娘の容体は悪くなったの。ここに通っていた頃と比べ物にならないほど。
    わずかに出来ていた発語もままならなくなって身体機能も衰え外出も
    簡単には出来なくなってしまったわ。』
 

                  おばあちゃんは日常のひとつひとつが苦痛の連続のようで口を開けば
    辛い物語、何度も何度も涙する。



                   でも、そんなに大変な娘さんを家に置いてきて大丈夫なの?


                    『娘は 、娘は、ああ、もういないの。あいつが連れて行ってしまったわ。
     あいつは娘を私から遠ざけて私に会わせてくれないの。』


                      「あいつ」というのは彼女の「夫」であるとのことだ。




お医者さん発見




くー!たまらん!欲しーい!


2014年10月25日土曜日

重荷

               


        患者だったのはもともと彼女のお嬢さんの方だ。
    

           綾ちゃんとほぼ同い年の。


                     障害者の御家族の抱える問題というのは計り知れない。
     障害者本人が高齢に達すれば介護人はもっとご高齢になるのは道理で
     社会保障率の高いドイツでもかなり難しい。




                       特にこのケースでは40歳を過ぎたお嬢さんが突然の脳卒中で
     要介護の脳障害者になってらっしゃるので周囲の抱えるストレスも
     突然訪れただった。


                     お嬢さんは医療の現場で出来うる事をやり尽くした後、うちの病院に
     やって来た。卒中の発作からはもう何年も過ぎていた。


                      初回の鍼治療の直後、車椅子から立ち上がって壁づたいに20歩ほど
     自立歩行が出来た奇跡には皆が涙した。これだけ自立すれば
     トイレに一人で行ける!


                       その後は3ヶ月ほど通院なさったけれども言語障害の方は
     これといって目立った回復は望めず

         「やれるだけのことはやった」

     とそれなりに’納得して治療を打ち切った。



      あれから彼女のこと、押しの強いおばあちゃんのことを
     時々思い浮かべてどうしてらっしゃることかと幸福を祈ることは
     あったが、このようにおばあちゃんが一人でご自分の治療に
     来られるとは予測していなかった。


       要介護のお嬢さんはどうしたのかしら??

    

ミュンヒェンマーク


2014年10月24日金曜日

『治さなきゃならないの。』

         


        『ねえ、あなたは私の病気を治さなきゃならないの。
       治さなきゃならないの。ならないの。』



                呪いの呪文のように耳元でささやく。



                 これだけ高額な治療費を請求するのだからとかこんなに遠くから
    私は足を運んでいるのだからとか、つまり一切合切の恨みつらみを
    この一言に込める。


                      『治さなきゃならないの。』



                こちらとしては、請求額は医療「行為」に対して発生するもので、とか、
   回復の約束は法律上出来ない、など型通りの説明をしながらも
   そういった手続き上の「逃げ口上」が何の意味も為さない虚しさを
   ひしひしと感じている。


                 年老いた魔女の吐く呪文には異様な迫力があり、綾ちゃんなんぞは
   簡単に押し潰されてしまう。これは法律などの決まりごとを超えた
   「人と人との」「対決の場面」なのだ。


                だからたとえ我々の治療が彼女にとって何の役に立たなかったとしても、
   極端な話、我々が詐欺を働いたとしても彼女は我々を訴えたりしないし
   そもそもそういう話ではないのだ。



    こんな、自分だけの理屈で生きているおばあちゃんが穏やかに
   日々を過ごしているわけがない。ストレスがストレスを呼び限界に
   達している。

      そんな彼女と最近連日のように付き合っている。 






昨日のブログで出し忘れていました。
コンクールで綺麗なお姉さんが聴衆者票を
集めています。