2021年1月27日水曜日

今日はお誕生日だった

 

              今日は彼女のお誕生日だった。


              彼女が生きていれば76歳。

          彼女の夫だった天才ピアニスト兼指揮者バレンボエム

          今も健在で大活躍だ。


          16歳で衝撃のデビューを飾るも26歳で 

          多発性硬化症という難病を患い事実上の引退を

          余儀無くされる。42歳にて夭折。


           彼女が亡くなってから30余年の時が流れた。 

        彼女の演奏無くしてチェロを語ることができない。 


       ジャクリーヌ・デユ・プレ  綾ちゃんの永遠の憧れ。 


         


         エルガーのコンチェルトで鮮烈なデビューを飾る。

               夫であるバレンボエムの指揮



2021年1月25日月曜日

日本の新しいタカラモノ



日本の誇るべき新しい文化がある


それはワイン



最近綾ちゃんは日本に里帰りするとき
絶対に日本のワインをお土産に買って帰ることにしている。


日本のウイスキーはドイツでも有名でドイツ人も日本に来ると
空港免税店やデパートに赴いて高級酒を買いに走る。
あのしぶちんの節約家のドイツ人が何百ユーロも平気で出して
買っている姿を見るとうおおーとびっくり!
それほど日本のウイスキーは美味いのだ!!

残念ながら綾ちゃんは蒸留酒が得意でないので
イマイチお味がわからない。
まあお財布は痛まないからホッとしているけどね。

でもね、ウイスキーだけじゃなくてワインがこれまたスゴイんだ。
グルメ大国ニッポン!モノづくりの極み!
こういうの日本人は本当に飽くなき探求、丁寧に
時間をかけて美しく美味しいものを作る。

蔵元の純国産ワインをあなたも是非試してみて!
甲州ワインなんてヨーロッパの人もびーっくりなんだから!
しかもフランスの高級酒レベルのお味がホントにお安い。





綾ちゃんはお料理好きだし食べるのも好きだけど
グルメというのとはちょっと違った感覚を持っている。

ジャンクフードをワイワイも楽しいし料亭のお料理を
ゆっくり嗜むのもいい。

お料理は「キエモノ」だから
儚い時間を消えゆく美しいものと共にいただく、、

そういう時間が好きなんだと思う。



儚い美しいものといえば音楽!
アコースティックギターの神様、石川鷹彦さんフォーエバー!!
私たちに美しい音色を本当にありがとうございました!

 

2021年1月15日金曜日

陸(おか)に打ち上げられる

           

                                       水が恋しい。そろそろ死にそうだ。


         綾ちゃんは前世が、きっと前前世もその前も

         お魚だったらしくエラ呼吸が出来なくて死にかけている。



         夏だったらプール無くても湖とかあるから

         泳ぎに行けるけど外はマイナス6度だし。

    

         身体もなんだかあちこち痛む。陸上の重力に

         引っ張られる部分をほぐすのに重力から解放された

         空間、例えば水中だとうーんと筋肉を伸ばせるのになあ。


         前回のロックダウン時はもう少しはりきって??

         毎日体操したりして体に気を使っていたものだけれど

         今回はついつい気を抜いてしまって

         ふと気がつくと魚からキノコに進化?いや退化??してしまって

         (しかもパソコンに生えるキノコ!)体力のナマリかたハンパない。

 

         はっと気がつくとぼんやり青い海を夢想していたり

         (ミュンヘンに無いもの、青い海)

         普段はキライなプールのどぎつい塩素の匂いさえ

         懐かしく想う自分がいる。


                はああああああああ。

              


         こんな時にはお米の歌を聴いて元気を出そう!

         打首獄門同窓会、もうファンです。

2021年1月7日木曜日

それを引き寄せとは言わない


   新しき年の初めの初春の

      今日降る雪の

        いやしけ吉事



        みなさまあけましておめでとうどざいます。

        今年も綾ちゃん玉手箱をどうかよろしくお願いいたします。

        美しい一年になりますように。

        美しい一年を一緒に作り上げていきましょう。



             静かな年越しをいたしました。


      税金のこととか勉強とか仕事の資料作りとか机に向かってばかりの

      お正月になってしまいましたが三が日を過ぎたら

      突如として色々トラブル処理みたいな大小事件が舞い込んできた。


      そのトラブルの詳細をここでは述べないが、いずれも本質的に

      深刻なことではない。ただフツーに煩わしかったりモヤモヤを

      残したりする類のものだ。


      ちょっと一息ついた頃、

      しかしここんとこ、どーもこういうトラブル処理が頻発するなあと

      ううんと頭をひねってみて突如として思いついた。



      そういえばこの類のトラブルって綾ちゃんが苦手にしてる分野だなあって。


      お正月にこういうのがやってくるってのは、これが綾ちゃんの当面の

      「課題」ってことなのかなあって。



      世間ではよく「引き寄せ」とか言われることがあるけれど

      綾ちゃんはこういうことはそういうスピリチュアル的なものだとは

      捉えていないんだ。

     

      綾ちゃんには綾ちゃんなりの知情意それぞれの成長があって

      日々成長し(成長でありたい!)変化を遂げゆく綾ちゃんの「形」に

      応じたやり方でうまい具合に次の成長のステップとしての困難が

      降って湧いてくるんだと理解しているんだ。


      今、綾ちゃんの目の前にやってきた課題(トラブル)は、まあ、

      これまでの綾ちゃんならむしろバカバカしくって関わる気にもならなかった

      ことなんだけれど、今回はスルーしないで丁寧にケアしてみようかと

      思って関わり始めたことからきている煩わしさで、いわば自分で

      仕事を増やしてしまっている感がある。

       

      合理的に物事をバサバサ切り捨てることをちょっと見直し始めたカンジ。 

    勝手に天から降ってくる運命ではなく困難を(いや、軽〜いものからだけど)

      困難とわかっていても自分の意思で選び取り始めたなあって

      気が付いてハッとした。


          これが「丁寧に人生を生きる」ということなのかなあ。




        


        数あるウイーンのニューイヤーズコンサートの名場面の中でも

        1987年カラヤンがキャサリン バトルを招いた「春の声」が

        大好き。若いなあ、細いなあ、このころのキャサリン。



        

2020年12月31日木曜日

希(ねが)いが道を切り拓く〜志を立てるということ

                                               令和2年の新年に一つ目標を立てた。


              新年の抱負というやつだ。


     親しい友人の何人かには教えちゃったね、どんな抱負だったか。

     われながらナニ考えてんだって言うとんでもない抱負だった。


             そして綾ちゃんは一応頑張った。

     なぜその目標を立てたのか、その時はぼんやりとした予感のようなものしか

     なかったのだけれど、、、

     そしてその抱負と今年一年の綾ちゃんの軌跡はおそらくどこかで繋がった。


     とにかく現在の綾ちゃんは今年の一月一日の綾ちゃんとは別人だ。


     どんな目標を立て何が起こったのかについてはまた改めて書きにくる

     チャンスもあると思う。それはまた今度。


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     年の瀬を迎えるにあたって改めて、このブログをご覧になってくださる

     読者の皆さまに感謝を込めて伝えたい。


     正しい「想い」を持つことと「言霊(ことだま)」のパワーの真実を。


     新しき年が巡ってきたら何か一つ志を立てましょう。できるだけ具体的に。

     この一年で何を成し遂げたいのか。目に見える目標を持ちましょう。

     その志がきっとあなたを支えてくれるはずです。



     最後に、毎年年の瀬には一曲「生命のことを考える」音楽を

     ここにオススメとして挙げてきました。今年は個人的に

     たくさんの変化が起こった年でしたが、他のどんな事件よりも

     いっちゃんを亡くしてしまったことだけが何度も何度も脳裏を

     よぎります。一人の母親として息子と同い年の青年の身の上に

     起こったことを偲びながら今年を終えようと思います。

             一月一日は彼の誕生日でした。



             


        やはり今は亡き森田童子さんの声が彼の面影にこだまします



           だめになったぼくをみて きみはびっくりしただろう

           あのこはまだげんきかい むかしのはなしだね  


    

2020年12月23日水曜日

音に飢える

 

            ここのところ綾ちゃんは勉強している。


           仕事もそれなりにやっているが絶対量は少ない。

         それよりこの夏から決心して始めた勉強がいくつかある。


         ふと去年の今頃綾ちゃん何してたかなあ、と振り返ってみた。

         去年の今頃は仕事漬けの毎日だった。でもふうふう言いながらも

         我が家にはよくお客さんが来ていたっけ。



                   驚愕の事実。

         あれほどのお客様好き綾ちゃんがコロナ以後誰も家に招待

         していない。現実問題、休みの日は全部勉強に充てていたので

         本当にそれ以外のことを考える暇がなかった。


               そのお勉強も今週でひと段落。


         そしてもう一つ、ここ数ヶ月間の綾ちゃんに決定的に

         欠けていたものがある。


                    音楽だ。

                    音楽だ。


            綾ちゃんはポップスやクラシックが好き。

            激しい音楽はあんまり性に合わない。


         正確にいうとまだ完全に一息ついた訳ではないけれど

         ちょっぴり手を止めて音楽を聴く気持ちの余裕が出てきた。


         砂漠に染み入る雨のように心を癒す、

                   やはりこれは何事にも代えがたい。

            


シューベルトのソナタ大好き 今日はブレンデルの演奏で


         この世に音楽があることを誰に感謝すればいいのだろう。


2020年12月14日月曜日

目からウロコの早期外国語教育

 

       綾ちゃんはドイツ語の先生なので日々、たくさんのお母様方から

       お子さんの早期ドイツ語教育について相談を受ける。

       お子さんの選択言語としてドイツ語をと望む方は少数なはずなので

       英語教育に熱心な方はものすごくたくさんいらっしゃるはずだ。


        結論から言って綾ちゃんは早期外国語教育には反対だ。

       この話題は以前にも出したしなぜそう考えるかはその時書き綴った。


       先週、文学オタクの綾ちゃんが大好きな音楽評論家であり文芸評論家

       でもある小川榮太郎氏の対談シリーズ(明治文学・漱石と鴎外)

       を視聴していた時、彼が思わぬことを言っていて、

       へへえ〜!と聴き入ってしまった。 

               


小川榮太郎さんも松田学先生も綾ちゃん、ちょーリスペクトのお二人です!
21分くらいから語学教育の話になります。


日本においてエリート階層の語学力の最盛期はなんと江戸末期!!
なるほど新渡戸稲造も内村鑑三も著作を英語でしたため
現在に至るまで(しかも名文として)歴史に名を残している。

明治期になると夏目漱石も森鴎外も英独の達人でそれぞれ論文は
各国語でしたためているが文学作品は母国語のみ。

明治20年代になると谷崎潤一郎も志賀直哉も外国語で文章を書かない。

昭和に入ると翻訳中心の知識注入となっていく。


これらの語学能力、知性の高さの秘密は漢語の素養にある、という。


昨今において早期英語教育に走る傾向は全くもって
愚かで見当違い、脳科学も言語も文化も理解せぬ暴挙!とまで断言。

私たちの美しい和語は叙情的で具体的な表現に富むけれど
抽象性を嫌いシステマティックな解析度に欠ける。
昔のエリートたちはこれを漢文の素養によって論理的思考能力を
練り上げ、抽象図式的発想を発展させていったのだと。


な〜るほど。


綾ちゃん、実はものすごく「思い当たるフシ」がある。

綾ちゃん、小さい頃から読書オタクで文学作品を読みまくっていた。
が、残念ながら漢籍の素養には触れる機会がなかったものだ。


その綾ちゃんが高校に入学して漢文の時間に教科書に載っている
漢語の文章や詩に触れた瞬間から憑かれたように惹かれてしまったのだ。
主に詩歌。杜甫や李白、白居易の古典の世界。
成績のことなんか考えたことはない、ただただ毎日家に帰ると
一人でもごもごと教科書の漢文を読み下しで音読、その美しさに
うっとりとしていたものだ。

中学時代にやはり我が家の文学全集を紐解き一人高村光太郎や
中原中也、宮沢賢治、北原白秋、草野心平の詩を毎日音読しては
心の平安を覚えていた、、その日々が再来したのを覚えている。


あの頃、綾ちゃんの「脳」が感じたなんとも言えないエクスタシー的な
喜びの感情は言語的というよりは音楽的、図式的抽象的なものだった。


小川氏はあの時の綾ちゃんの感じた感覚を的確に援護してくれていると思う。


言語は学ぶならなんでも良いというわけではない、ということなのだ。
この議論は奥が深い、と思う。