2014年11月8日土曜日

手作りソーセージ


                    

           ずばり、これです。いただきものですが。





                    一昨日、マイさん(お料理担当、仮名)が帰ったあとぶつ切りのお肉
    (牛肉?)が大量にたれに漬け込まれた状態で放置されているのを発見。
    明日のご飯かな?それにしちゃあ大量だなぁ、と思っていた。

                      昨日、午前中から台所がぺちゃくちゃおしゃべり(中国語)で騒がしい。
    何だろうと見てみるとマイさんとドクターの奥様が二人で腸詰め作業中だった。
    しかもぶつ切りお肉をそのまま(唐揚げ位の大きさ)どんどん入れている。
   

                      もらってきた。一週間乾燥させてから茹でて(または蒸して)そのあと
     オーブンとかで焼くんだって。
                                      ???
                          一週間後、また報告します。



2014年11月7日金曜日

山奥のヴァイオリン製造の村 ミッテンヴァルト

                       


           またしてもお出かけシリーズ!









                         綾ちゃんと二男君は夏休み前から新しい楽器を探して
     チェロの工房を渡り歩いております。お高い買い物なので
     後悔の無いようほとんどミュンヘン中のお店をしらみ潰し状態で
     あたっています。






                            先月でしたがヴァイオリン製作で世界に名を馳せる山間の美しい町、
            ミッテンヴァルトまで足を運んで来ました。









                             ここは冷涼な気候と適度な乾燥、美しい空気、それから何より
      良質の木材があるため世界的に有名なヴァイオリン製作学校がある町です。



                             ヴァイオリン、ヴィオラチェロ、コントラバスというのは
      基本同じものなのでヴァイオリン製作者はどれでも作れなければ
      マイスターとは言えません。が、もちろん得手不得手はあるはずなので
      優れたヴァイオリン製作マイスターがチェロ製作も一流かというと
      必ずしもそうではない。かのストラデイヴァリだってヴァイオリンが
      ものすごい名器な訳だけどチェロの世界ではゴフリラ(または
      モンターニャ)などの歴史的名器が他にもあって雌雄を争ったり
      している訳です。この二つのモデルを型どって(或いは
      オリジナリティーを加えて)現代の製作者は楽器を作っているんですね。









                      綾ちゃんたちがこの町を訪れた日は遥かアルプスを見渡せ
    る空気の澄みわたった美しい秋晴れの日でした。






あれ?



おや?










ヴァイオリン屋さんちのお庭
趣味で日本庭園仕様にしている。
すごーい!


2014年11月6日木曜日

丸薬製造器

      



          こんな器械を買いました~!!



これでーす!



これは漢方薬の生薬を丸薬にする機械なんだって。
作り方はね、定められた分量の生薬を粉砕して粉にして
ふるいにかけて粉の粒を均一にしたら
蜂蜜と片栗粉を混ぜて大きなお団子にします。
手毬くらい。
それを機械に投入してスイッチを入れると
小さなお団子になって出来上がり。
これを風通しの良い場所に数日〜1週間ほど置いて
乾燥させます。
完全無添加丸薬の出来上がり〜!!

でも出来上がった実物は飲み込むには
ちょっと大きすぎて形もイマイチ。
結局半分にナイフで切って手で小さく丸め直しました。
ちょっと手間がかかりすぎ、ていうか
お団子まで作ったなら包丁で小さくこねても
手間は同じな気がするなあ。

風邪薬とか手軽にハイって患者さんに
渡したい。完全無添加だって胸を張って言いたいしね。

へへ、頑張ってます。



2014年11月5日水曜日

後味の悪い治癒




                            おばあちゃんは全快した。
             80歳近いお年寄りの神経痛(が主訴だった)が「全快」するというのは
  信じ難い話だが事実だ。義息子の死後二回ほどおばあちゃんは治療にやって来て、
  綾ちゃんの目の前で体操まで披露してみせた。顔色もまるで別人だ。




                        改めて環境や精神の人間の身体に及ぼす影響のすごさに驚くばかりだ。


                 おばあちゃんが泣きながら日常の不幸をえんえんと語った日々は
   丁度こちらも閑古鳥が鳴いてヒマだった期間と見事に一致している。
   例えば今、同じ状況の患者さんがやって来ても我々がおばあちゃんに
   割いてあげられたほどの時間はあげられない。まるまる午前中とかね。
   これはおばあちゃんの「運(この表現は適切だろうか?)」の強さを
   物語っている。彼女にとってはまさに「聞いてあげる」ことが
   治療だったのだから。


                 そしておばあちゃんご自身も家に帰って来る身体の不自由なお嬢さんの
   お世話をするという仕事が待っているからうかうか茶飲み話なんかに、
   じゃなくってゆっくり治療に来るわけにいかない。


    心からの祝福をたたえておばあちゃんは帰って行った。
   病院テキにはおばあちゃん回復バンザイだ。



    ・ ・ ・ しかしなんとも後味の悪いケースだった。



さてこれは何でしょう?


いやあ、どう見てもウ⚪️チに見えますね。



正解は明日のお楽しみ





2014年11月4日火曜日

魂の救済

                    


       惨めに滑稽に絶望的に訳の解らない状況を受け入れざるを得ない
     グレゴール ザムザ。一家の長男で真面目な公務員で家族と信頼の絆で
     結ばれていたはずのザムザ。しかし「変身」した彼は最も信頼厚い家族に
     とって疎まれ忌み嫌われストレスの元凶でしかなかった。



                        大作家というのは本当に凄い。ね。カフカの名作「変身」に解釈の
     必要なんて全く必要ないから。例えば「アル中に陥った義理の息子が
     毒虫のように忌み嫌われその死を歓迎される」という、ある「現実」を
     そのまま当てはめると「な~んだ、そういうお話だったんだ!」と
     すんなり納得できる。もちろんうちの病院のおばあちゃんちのパターン。
     グレゴールは別にアル中の息子である必要はない。世界中の家庭に
     存在する「忌み嫌われ」る人間の代表だ。愛情に育まれ生まれ来た
     生命が全て愛情に満ちた生涯を送る訳ではないのだ。カフカはラストの
     シーンでぐっと背伸びをする美しく育った妹の姿に作品全体のアイロニーを
     全て投影する。

                        そして綾ちゃんの目の前にはその「美しく伸びをする妹」の姿と
     おばあちゃんがダブって見えた。



                        おばあちゃんは何度も繰り返し"erlöst "という言葉を使った。
     これは宗教的な意味合いの単語だ。この言葉は単に
     「救われた(gerettet)」のではなく「神によって」「魂」の「救済」が
     行われたということだ。





                                 2009 07 17 Tölzer Knabenchor Teil 1A 

                                Motetten Felix Mendelssohn Bartholdy

         綾ちゃんにとって魂の救済はこんな音楽。
         手前味噌で古い画像ですが最前列の左から三番目が
         うちの長男。まだ幼く可愛かった。

   

2014年11月2日日曜日

フランツ カフカ 「変身」  ラスト








                   それから三人はそろって住居を出た。もう何カ月もなかったことだ。
               それから電車で郊外へ出た。彼ら三人しか客が乗っていない電車には、
               暖かい陽がふり注いでいた。三人は座席にゆっくりともたれながら、
              未来の見込みをあれこれと相談し合った。そして、これから先のことも
              よく考えてみるとけっして悪くはないということがわかった。というのは、
              三人の仕事は、ほんとうはそれらについておたがいにたずね合ったことは
              全然なかったのだが、まったく恵まれたものであり、ことにこれからあと
              大いに有望なものだった。状態をさしあたりもっとも大幅に改善することは、
              むろん住居を変えることによってできるにちがいなかった。彼らは、
              グレゴールが探し出した現在の住居よりももっと狭くて家賃の安い、
              しかしもっといい場所にある、そしてもっと実用的な住居をもとうと思った。
    こんな話をしているあいだに、ザムザ夫妻はだんだんと元気になっていく娘を
    ながめながら、頬の色もあおざめたほどのあらゆる心労にもかかわらず、彼女が
    最近ではめっきりと美しくふくよかな娘になっていた、ということにほとんど
    同時に気づいたのだった。いよいよ無口になりながら、そしてほとんど
    無意識のうちに視線でたがいに相手の気持をわかり合いながら、りっぱな
    おむこさんを彼女のために探してやることを考えていた。目的地の停留場で
    娘がまっさきに立ち上がって、その若々しい身体をぐっとのばしたとき、
    老夫妻にはそれが自分たちの新しい夢と善意とを裏書きするもののように
    思われた。(原田義人訳)


              フランツ カフカ 「変身」より抜粋
     




        

2014年11月1日土曜日

身内の死を喜べるほどの地獄





    おばあちゃんの義理の息子は急性アルコール中毒による突然死だった。



                 『アル中の息子は昨日も朝から浴びるように酒を飲んでいて我々が
    気がついたときにはもう冷たくなっていたのです。彼はキリスト教信者では
    ありませんでした。ですからお葬式はしません。荼毘に伏して遺骨を葬る
    業者にお任せすることにしました。これで全ておしまいです。
    やっと我々は救われたのです。』
                  


                        穏やかに、しかし決然といい放つおばあちゃん。まあ、ストレスの
     元凶であるところの義理の息子が突然死んじゃった訳だから豈に計らんや
     というところだ。が、そんなにロコツに喜べるものなんだ。
     こっちとしてはかなりフクザツ。どうコメントすりゃあいいんだ?



                       この静かな深い歓び、アイロニーに富んだ「歓迎さるべき死」を
      綾ちゃんはどこかで識っている、何だったっけ?と必死で考えて
      不意に思い出した。



                        カフカだ。カフカの「変身」のラストシーンだ。





         

キャロライン リーフの砂絵
グレゴール ザムザ