2014年11月2日日曜日

フランツ カフカ 「変身」  ラスト








                   それから三人はそろって住居を出た。もう何カ月もなかったことだ。
               それから電車で郊外へ出た。彼ら三人しか客が乗っていない電車には、
               暖かい陽がふり注いでいた。三人は座席にゆっくりともたれながら、
              未来の見込みをあれこれと相談し合った。そして、これから先のことも
              よく考えてみるとけっして悪くはないということがわかった。というのは、
              三人の仕事は、ほんとうはそれらについておたがいにたずね合ったことは
              全然なかったのだが、まったく恵まれたものであり、ことにこれからあと
              大いに有望なものだった。状態をさしあたりもっとも大幅に改善することは、
              むろん住居を変えることによってできるにちがいなかった。彼らは、
              グレゴールが探し出した現在の住居よりももっと狭くて家賃の安い、
              しかしもっといい場所にある、そしてもっと実用的な住居をもとうと思った。
    こんな話をしているあいだに、ザムザ夫妻はだんだんと元気になっていく娘を
    ながめながら、頬の色もあおざめたほどのあらゆる心労にもかかわらず、彼女が
    最近ではめっきりと美しくふくよかな娘になっていた、ということにほとんど
    同時に気づいたのだった。いよいよ無口になりながら、そしてほとんど
    無意識のうちに視線でたがいに相手の気持をわかり合いながら、りっぱな
    おむこさんを彼女のために探してやることを考えていた。目的地の停留場で
    娘がまっさきに立ち上がって、その若々しい身体をぐっとのばしたとき、
    老夫妻にはそれが自分たちの新しい夢と善意とを裏書きするもののように
    思われた。(原田義人訳)


              フランツ カフカ 「変身」より抜粋
     




        

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