2013年6月22日土曜日

プロフェッサーの友情  ⑦




      早速家に帰って主人に尋ねてみる。



私 『ねえ、ねえ、Kっていう名前のピアノ科の教授があなたの在学中にいたと思うん
  だけど知ってる?』

主人『いや、知らんなあ。他の学科の事は何にも知らんからなあ。』



 ががが〜ん。撃沈。だって、言ってたじゃない。小さな大学だから学科を問わず、
学年も問わずみんな仲良しの知り合いみたいなもんだったって!



 ううん、やっぱり難しいかも。私自身はといえば国立マンモス大学出身だから自分の
学科の事なら教授の数も学生の数も少なくて(独文科だ〜い)色々と噂も入って来る
けれど同じ文学部でもお隣の研究室の人の顔すらわからなかった。
だから「わからない」と言われるとすぐに納得してしまうのだ。



 いやいや、まだ「糸」が途切れた訳じゃないさ。



 ミュンヒェンは芸術の街。音楽家は本当にたくさんいる。私の知り合いの中にも主人と
同じ大学卒のピアニストが何人も活躍している。気軽に聞けそうな人も何人か知って
いるぞ。



              よ〜し。


(つづく)

Photo by Jiro Y.

プロフェッサーの友情  ⑥



私     『プロフェッサー、この件、ちょっとの間私がお預かりしてもいいですか?
      おそらくドイツでもそうであるように日本でも音楽家の社会はとっても
      狭いんです。この教授とコンタクトをとれるかどうか主人にきいてみます。      ミュンヒェン在住のピアニストの方も同じ大学出身の方を何人か
      知っていますので。』



プロフェッサー『どうでしょう。彼は私の事を怒っているかもしれません。とても失礼な
       事をしてしまったので。今更人間関係をやりなおすことができる
       でしょうか?』



 でも、やり直したいからこそこの話を私に打ち明けてくれたんでしょう?
だ • か • ら 任せてね。


(つづく)


         
  


          近所のお花です。突然暑くなって夏のお花が
          花盛り。      Photo by Jiro Y.

2013年6月21日金曜日

プロフェッサーの友情  ⑤




私     『プロフェッサー、お時間です。鍼を抜きますね。先ほどお尋ねの
      日本人のピアニストですが彼の著書は「弟子から見たショパン」
      「ドビュッシー〜自然からの霊感」二冊で間違いないですか?』


 私は鍼を抜きながらこともなげにそう聞いた。



プロフェッサー『そう、そう、それだよ、まさにその題名でどんぴしゃりだ。
       ええ〜?私が鍼を打たれている間、こんなわずかな間に調べて
       くれたんですか?』



 えへへ。プロフェッサーさん、ネット検索なんてものの数分あれば出来てしまうの
ですよ。ピアニストなんて公人に等しいしね。著作まであるならあっという間さ。



私      『Kという方はコンサートピアニストとしてよりも大学教授として名前の
       知られた方のようですよ。彼は武蔵野ではなく東京の別の大学のご出身
       でした。後に母校の教授におなりになったようです。最近退官なさって        現在の肩書きは名誉教授でいらっしゃいます。実はその大学は私の          主人の出身校でもあるんですよ。』


プロフェッサー『その大学なら私も良く知っています。私の日本人の弟子たちの多くが
       そこの出身ですからね。そこから来た留学生たちは皆一様に真面目で
       どの子も優秀でしたよ。大学名が長いから略してG.と言うんですよね。』



 なんだ、それならもしかして今までそのKっていう先生のお弟子さんを教えた事だって
あったんじゃないの?または彼らに聞けばきっと一発でわかったろうし。



 さて、これでプロフェッサーの人探し、確実に一歩進んだね。だけど大切なのは
このあと。Kさん、どこの誰かはわかった。プロフェッサー、次の一歩を踏み出しますか?




                             
             ドビュッシーのアラベスク
             ギーゼキングの演奏です。



2013年6月19日水曜日

プロフェッサーの友情  ④




   『彼が東京にある Musashino音大の出身だと覚えていたので数年前に英文で
   手紙をしたためてみたのです。大学宛に、差し支えなければ彼の連絡先を
   教えてはもらえないものかと。あと、彼は何冊かの本を出版しています。
   ショパンに関する本とドビュッシーに関するものです。どちらも素晴らしい
   内容のものです。そうですか、吉岡さんも彼の事をご存じないですか。』



 ふふふ〜ん。プロフェッサーの年代の人は「検索」をしないね。私は何気なく
彼の「繰り言」を聞き流す振りをして、お灸が終わるとすぐに受付のパソコンで
そのKなるピアニストについて検索してみた。情報としては先ほどのプロフェッサーの
話ですでに十分だと言える。もう現役ではないかもしれないけれど彼が
「あれほどの腕」と誉め称えるからにはきっと有名なピアニストにちがいない。私が
知らないだけで一世を風靡していた時代があるはずだ。


            そして • • •



 いやあ、インターネットって本当に便利です。これが無かった頃をもはや思い出せないですよね。ネットを使わずに私たちってどうやって調べ物をしていたんでしたっけ?
そのKなるピアニストはすぐに見つかりました。


 プロフェッサーの誤りは出身大学の記憶違いでピアニストKは武蔵野音大ではなく
別の大学の出身だったのです 。その大学は、おお、なんと私の主人の母校!でした。


 さて、プロフェッサーの鍼を抜きにいくお時間。うふふ。この素晴らしいびっくり
ニュースをどんな風に教えてあげようかしらん。


(つづく)




               
                                      スカルボって夜道で人を惑わす妖精(妖怪?)です
                                       


 

プロフェッサーの友情  ③



    『私はもうこの歳ですし、これまでの人生を思い返して、出来る事なら、
    やり直す事が出来るならばやり直してみたいと思っている事がいくつか
    あるんです。』




 プロフェッサーの口から突然、重い言葉が放たれた。


     『そのKと言う名の日本人は私よりいくつか年上の留学生でした。
     大変優秀な学生でした。不思議な事に普段誰と一緒にいても打ち解けた話を
     しない私が妙に心許せて彼とはしんみりした話が出来たものなのです。彼は
     数年で日本に帰っていきました。あれほどの腕です。きっと日本に帰国後は
     立派なピアニストとして活躍していると思うのです。
     帰国後彼から何通かの手紙をもらいました。しかし何と言う事でしょう。
     私はその彼の手紙に一度として返事を出さなかったのです。彼からの手紙には
     彼の個人的な事柄などが細かく記されていました。私はこんなに親密に
     話しかけてくれる彼をありがたく思いつつ、日々の練習や迫り来る
     コンサートの準備に毎日明け暮れついつい目の前にいない彼をないがしろに
     してしまったのです。彼だって私と同じかおそらくはもっと忙しい日々を
     送っていたに違いないのに。ふと思い出し彼にやっとの事で短い返信を
     出したのはそれから数年後の事でした、が、宛先不明で手紙は戻って来て
     しまいました。』 


   (つづく)


                                     
                                  プロフェッサーはギーゼキング演奏の「夜のガスパール」
        (ラヴェル)がお気に入り。でもアナログレコード派で
         YouTubeから取ったなんて聞いたら怒るだろうな。
       

2013年6月18日火曜日

プロフェッサーの友情  ②




 今回は全て治療が上手くいった。ホテルに滞在してキッチンを使えないプロフェッサーのために病院の台所で彼の薬湯を煮出して飲ませる。残りは瓶に詰めてお持ち帰り。
一週間この繰り返しのつもりでいたが水曜日にはすっかり具合が良くなったので木曜日に
予定を一日早めてお帰りになる事になった。この日、ドクターはたまたま慌ただしい
一日でプロフェッサーに鍼を打ったらその足で在宅患者さんのところへすぐに向かわな
ければならなかった。ドクターは二週間に一度ほど訪問治療を行う。そんな時私は
電話番をしながら日々の雑務をこなしお留守番をするのだ。その日がプロフェッサーの
治療最終日になると思っていなかった先生はゆっくりとお別れが出来ない無礼を丁重に
詫びたあと慌ただしく出て行った。



 私はその日のラストの患者さんであるプロフェッサーのお灸をしながらいつものように
楽しい音楽の話を続けるつもりでいた。すると私が彼の治療室に入るや否や、彼はずっと以前からこの話題を出そうと決めていたかのようによどみない口調でこうたずねたのだ。



プロフェッサー『吉岡さん。あなたは音楽に興味がおありの方だ。もしかして日本で活躍       するピアニストで K • • • という人を知りませんか?』



 残念ながら私は全然音楽に詳しくない。「いくぶん好き」というくらいのレベル(?)だからそのKなるピアニストの名前も全然知らなかった。


(つづく)


                   


           今日は真夏日。洪水から二週間でイザール川の
          ほとりは海水浴場と化しました。
         (もちろん水害に遭った地域の方々は今も大変なんですよ。)

2013年6月16日日曜日

プロフェッサーの友情  ①



            プロフェッサーにまた会える。




 ご病気だと言うのはもちろんお気の毒なんだけどやっぱり嬉しい。私がこの病院で
最初に仲良くなった患者さんの一人だしね。私の彼に対する思い入れは大きい。
あまり深刻なご病気でなければいいのだけれど。



 彼は相変わらず大きな方だ。いつも変わらず耳当てをなさってゆっくりゆっくり
歩いてらっしゃる。再会出来てとっても嬉しいのだけれどまずはとりあえずドクターの
お部屋へ。割とお元気そうに見えたけど、大丈夫かな。



 今回の彼の主訴は肋間神経痛。ほっとするのは変だけれどおそらくは大丈夫。
何度か治療すれば多分良くなる。



 人間のカラダというのは不思議なもので症状がどこに現れようが結局その根本原因は
同じところから来ているようで結局我々が治療するのは前回と同じ経絡だったりする。
ここらへんが西洋医療と大きく異なる点だ。先生の見立てでは今回も重点的に扱うのは
腎経。痛みの部分にももちろん鍼は打つけれど、同時進行で体質治療を行っていく。
私の担当は足の 少陰腎経の指圧。よし、がんばろうっと。



(つづく)



        

                  足の腎経