2016年8月12日金曜日

時のフィルターに飲み込まれてしまう

               


       この逸話を子供が小学生の頃、たまたまミュンヘンに越して来たばかりで
     子供を連れてポッツイー通りの外人局へ来たとき話した んだ。お母さんね、
     昔、この辺りに住んでたんだよ、それでねって。



                     軽い気持ちだったんだけど、子供達には記憶に残る最も恐ろしいホラー話
     だったってさ。それももう10年位前か。いや、時間の経つのは早いね。



                      屠殺というのはもちろん気持ちの良いものである訳もなく、近隣住民や
     動物愛護団体の反対にあいつつ、しかし、食肉文化の需要がある限り
     どこかに必要とされる施設な訳で、数を統合しつつも現在も尚、そこに
     存在しているらしい。



                         不思議なことに、昼間、あの「声」が聴こえることはない。



                          今回、久しぶりにあの辺りを歩いてみて、いやあ、この辺りもそれでも
      お洒落になったなあって思う。屠殺場では定期的に映画会が行われているし
      壁はスプレー絵画のメッカみたいになってるし。綾ちゃんの住んでた
      アパートも、以前より更に綺麗になったみたい。
      管理会社が頑張ってるんだな。



                   もう一度ここに住みたいとは思わないけどあの頃を思うと胸キュンに
      なる。思い出っていいな。不愉快な過去なんてない。



       大失敗した過去も時のフィルターで「未熟だったワタクシ」の微笑に
      飲み込まれてしまう。
         





ほほ、綾ちゃん、なあんと、この週末、「あの」場所に
行ってきたんですね。




2016年8月11日木曜日

「壁」の向こう




               ミュンヘンにはミュンヘン中央駅(Hbf)それから東駅(Ostbahnhofオストバーン
   ホーフ)というのはあるが北駅とか西駅とかは無い。、、が、確か昔は南駅という
   表記が地図上にあったのを覚えている。今、ネットで検索してもヒットしないから
   自信無いんだけどね。これはニンゲンを乗せるための駅ではなくって、貨物専用。
   現在は ざっくりまんまで貨物駅Güterbahnhof(ギューターバーンホーフ) という
   らしい。





    ポッツイー通り奥の壁の向こうは市場。でね、この界隈は大きなお肉屋さんが
   多いんだ。なぜならここは屠殺場になっているから。



    夜な夜な聞こえていたのは牛さんとか豚さんたちの辞世の雄叫びだったん
   ですね。





              ちいーん。



            お悔やみ申し上げます。


        いや、毎晩聞いていられるもんでもないぜ。








ルフトハンザドイツ航空のCAさん


2016年8月10日水曜日

想像もつかない「落とし穴」

                


      かなり乱暴なやり方で借りたアパートの一人住まい。小さいながらも1DK。
    ちゃんと清潔だしプライバシーも守られ家賃も予算の範囲内。大学の路線駅から
    徒歩5分。これ以上は望めない良い物件といえる。界隈はすこおしくすんだ
    雰囲気と言えばそうとも言えるけれど、暗くもないし大丈夫、大丈夫。


                  もちろん、こんな良い話、思わぬところに落とし穴があるもの。
    綾ちゃん、それがどんな種類の穴だか想像もつかなかった。


                              最初は気が付かなかったんだな。


          いや、気にも留めなかったと言うべきか。



                               夜な夜な、聞こえて来る、「あの」音にね。



                                毎晩、毎晩、人が寝静まった頃、聞こえて来るんだ。
       「音」じゃない。あれは、、、あれは、、、



                                             「泣き声?」


                                                        いや。



                                        「鳴き声」か???


                                きゃああああああああああああ!!!







本日のミュンヘン中央駅のスクリーンセーバーを激写。
ドイツの人たちはこんなに日本のニュースに関心があるということ。
長崎の慰霊祭のニュースが流れていました。





2016年8月6日土曜日

そしてポッツイーへ




                ある日新規住宅情報が貼り出された。家賃を一瞥。電話番号をメモって
   公衆電話へ走る。幸い最寄りのボックスは空いていた。大学メンザ(学生食堂)
   近くに電話ボックスはここしかない。次の最寄り電話は駅かマックだ。
   いやはや携帯の無かった時代をほとんど思い出せないね。このころの努力を
   思うと涙が出そう。綾ちゃんが電話するとすぐに繋がった。内見したい、
   できるだけ早くに、というと今からきていいとのこと。住所をメモしていると
   横目に紙切れ片手に電話ボックスへ向かって走って
   来る学生の姿。綾ちゃんの姿を認めて方向転換する姿。これ全部ライバル?
   おおっとこりゃあ大変。綾ちゃんは受話器を置いて次の学生に会釈すると
   市内地図(常時携帯)で歩きながら場所チェック。おお、何とポッツイー通り!
   便利いいじゃないか。地下鉄に飛び乗り更に住所チェック。うん、駅から
   近いし、あとは清潔であれば言うことないな。駅から飛び降り目的地へ
   駆け出す。住民登録で有名なお役所を横目に見ながら左折。
   現在はストリート絵画(スプレーで壁に描くやつ)で有名な市場の壁を見ながら。



    な、なんと、最終コーナーを回った時、視界の隅にライバル諸氏の駆け込む
   姿が認められるではないか!!鈍足の綾ちゃん、ラストスパートで敷地内に
   滑り込む。



    こ、これはきちんとしたアパート!大丈夫!これなら、、、そう自分の
   第一印象を信じる。管理人室はこちらの表示の通りに事務室に駆け込む。




         『先ほど電話したものです。お部屋、借ります!
         いますぐ契約書を見せてください!』



    内見もへったくれもない。多分ここなら大丈夫だという第六感に従った。
   ぐずぐずしてる間もない。ライバルが追いついたらあとはドイツ語で
   負けてしまう。もう、無我夢中で、それでも契約書は頑張って死に物狂いで
   速読。怪しいところはないのでいきなりサインした。




    サインした瞬間、ライバルの学生たちが3人ほど事務室に駆け込んできた。




    綾ちゃんの勝ち。、、、、、、でも、、、、、。



    それって本当に「勝ち」なの???






これはスチュワートさん??





 

2016年8月5日金曜日

自分の番




                     相変わらず例によって話がどんどん遠回りになってしまいました。てへへ。




      綾ちゃん、後輩の男の子の家探しを手伝ったのち、今度は自分の
     部屋探しを始めることになるんだけどね。


                    結局、新聞作戦は大して益がないので情熱を注いで毎週中央駅通いを
     することはなかった。新聞を最寄り駅のキオスクで買ってチェックして
     いたけど、それよりはるかに実際的だったのは大学構内の住宅(専用)
     掲示板だった。今でもあるかどうかは定かではないが。今は何でも
     ネットだから学内の情報掲示板があることだろう。



      こちらは最初から学生が入居することが前提になった掲示なので
     話を通しやすい。条件もいかにも学生向き。ただし、物件の数は
     多くないので、朝、事務局がオープンする時間に待っていると10分
     くらいして事務の女性が紙を持って現れる。
     それを皆が待ち構えて急いでメモして公衆電話に走る。携帯がなかった
     からね、あの頃は。でもやっぱり良い物件は競争率が高く、なかなか
     一番乗りになれない。



      でもだんだんコツがわかってきた頃、運命の日がやってきた。







一昨日、空港へ行ってきました。



         長男が一人で旅立って行きました。涙のお別れのはずが
        いやあ、今時はすごいね、機内からネットが使えるんだ。
        展望台で離陸する飛行機撮って息子に送ったら「それ違う
        飛行機だって!」とツッコミが帰ってきた。
        その後楽しく息子とLINEしてました。







2016年8月4日木曜日

それが未来への活力を生む

           



      綾ちゃんの知り合いの男の子は留学中、奨学金給付団体からの取り決め、
    即ち、ドイツ語中級を終えて大学の正規学生の登録をすること、大学寮、
    またはそれに準ずる住宅に居住すること、等の条件をクリアすることが
    できぬまま、お茶を濁した状態で(大学には聴講生登録をしてそれと
    語学学校の初級終了証、アパートの契約証で)なんとか奨学金を
    打ち切られずに過ごすことが出来た。




           ただし、彼は本来、裕福な家庭の出身で親御さんから相当額の資金援助を
   受けていた。彼は予算的には私費留学に切り替えても全くやっていけたが、
   もちろん公費留学のステイタスの高さは日本もドイツも変わらない。
   だからできるだけ現状維持でやっていくために随分焦ったし、時間と労力の
   浪費も多かった。まあ、若かったしね。



    でも今になって思うと色々なことがばかばかしく思われる。



               特に家探し。



    不動産屋さんに頼めば一発で良い物件を紹介してもらえたのだ。手数料だって
   家賃の一ヶ月分なのだからそれほど滅茶苦茶とは言えない。家賃だってもっと
   払えた。たった1年の貴重な時間をストレスで台無しにする云われは無かった。



    海外で専門の勉強を深めるという本来の意味からいうと、どたばたして
   あっという間に経った一年で「ドイツでの生活方法」を「学んだ」に過ぎない
   みのり薄い日々だったと思う。


    ただし、彼は何と言っても若かったので、この一年は彼の人生においては
   まるきり無駄どころか大きなモチベーションになって彼に働きかけた。
   その後始まる彼の長い研究生活のすべての端緒はこの日々にあったのだ。


    まあ、失敗ばかりの日々だったけど、それが未来への活力を育んで
   めでたしめでたしだったんだ。




昨日、最寄駅に向かって歩いていたら向かいから
なにやら馬車のような??





       ええー?オクトーバーフェストの行列みたい!!結婚式かな?
      携帯指差して「撮ってもいい?」ポーズしたら「いいよー!」って
      許可いただきましたー!




                


   

2016年8月2日火曜日

ワン、、、一部屋、あとは何もなし





            あの頃と時代が違うとはいえ、メディア媒体が新聞かネットかというだけで
  あとはさして違いがある訳ではない。
  要は電話だ。人はメールなんてまどろっこしいやり方より直接声で応対する
  電話の方がインパクトがあり、現実に届く。いの一番に電話をしたものが
  内見の着順1位になる確率が高いしそこで契約しちゃえばめでたしなのである。



          綾ちゃんは後輩の男の子についていって部屋の内見にも何度か行ったが、
  綾ちゃんがついていくと「彼女」に間違われて「一人住まいって言ってるけど
  すぐに歯ブラシが二つに増えて実質二人に貸してるのと変わらない状態になるん
  でしょ」的な目で見られて得るところがないので途中で止めた。



   んでもって男の子がやっとで探し当てたアパートは当時3万円くらいで
  3畳くらいの1、、、えっと1DKでもなく1Kでもなく、1(ワン)、、、
  なんていったらいいんだ。とにかく1部屋。シャワー、トイレ共用で
  キッチンなし。家具なし。シュワービング地区で場所は悪くない。



   でも当時綾ちゃんが大学寮で彼とほぼ同じ家賃で家具付きの1DKに
  住んでいたことを考えると雲泥の差だった。






これは後輩のA君が注文した臓物煮込み。
こういう料理もこっちっぽい。