2016年10月29日土曜日

ちょっくら留守にします





        突然の思いつきで小旅行に出かけることになりました。


        一週間ほどブログをお休みいたします。



                        吉岡綾子

2016年10月28日金曜日

対等であるべき国際結婚?




       何年前だったか、ドイツニュースダイジェストに国際結婚論?の
      特集みたいな記事が載ってて、そこに特に国際結婚の場合は互いが
      フィフティ・フィフティであるために互いの言語をそれぞれが習得
      しなければならない、と書いてあるのを読んで目からウロコだと
      思ったのを覚えている。
      改めて考えてみれば、当たり前すぎるほど当たり前のことなんだけど。
      


       嫁(または嫁ぐ)という字は女が家に入ることからきていることでも
      わかるように一般に女性は男性と比べて環境の変化に柔軟に対応出来る。
      とにかくそういう仕組みになっているらしい。だから国際結婚は圧倒的に
      女性が異国に嫁ぐケースが多くなり従って言語的にも女性が男性の国の
      言語を習得する必要に迫られる。ま、個人的には日本語ぺらぺらの
      ドイツ人パパ友も結構いるけどね。


       でも確かに、日本に何の興味も持たないドイツ人夫は一般的に問題アリ
      だな。普通は相手のことが好きになったら必然的に相手のバック
      グラウンドにも興味が湧いてくるはずだからね。



       女性のドイツ語が拙いからといって夫がイライラするのは間違っている。
      だったらそっちがアタシの言葉で喋ってよ、というべきなんだな、本当は。



       そういうことって、でも、もっと早くから気付いておくべきことだね。
      でもなあ、結婚前とか、恋愛で燃えてる最中には思いもよらないん
      だよなあ、これが。




ご存知「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」の主題歌。
綾ちゃんはこれを見てラストシーンで号泣しているところに息子がやってきて
僕も見たいというのでもう一度最初から見て2回目もまた号泣してしまった。



でも綾ちゃん夫は全然だったって。うちはとっても仲良しでよく判りあってる
夫婦だと思うんだけどこういう感性はまるきり違う。息子の方が感性が合うらしい。
多分夫婦って違ってた方がいいのかも?





2016年10月27日木曜日

死んでもいい




       アイラブユーを「死んでもいい」と訳したのは二葉亭四迷だったと
      思うんだけど、ぐっとくるよね。


       もっともドイツ人男性(女性)に向かって「死んでもいい」なんて
      たわけた日には「で?」で突っ込み返されるな。絶対伝わらない。
      これが日本だったら「あなたのために死ねる」なーんて言ったら
      思い切り引かれまくるか「101回目のプロポーズはいくらなんでも
      時代が違う」といなされておしまいだな。あるいは「いっぺん死ね」とか
      言われちゃったりね。




       うちは国際結婚家庭ではないから綾ちゃんのドイツ語が下手で夫が
      イライラするというトラブルはない。せいぜい子供に馬鹿にされる程度だ。
      でもまあ、想像に難くないなあ。独日カップルで、奥さんが日本人
      だったりすると、最初のうちは一生懸命言葉を探す姿が愛らしく
      映っちゃったりするんだろうけどだんだんそれにも慣れてきちゃうんだね。
      10年以上も経っちゃって、まだドイツ語でもたついていたりすると
      (でもこれ当たり前なんだけれど)おい、まだこんなことも言えないのか
      ってね。



       旦那さんだって最初の頃は覚えたての日本語で「オッハヨーゴザイ
      マース!」とか挨拶しただけで拍手喝采、日本語お上手なんですねとか
      もてはやされたりしてたのに、それ以上続かないと黙殺される。



       夫婦は永い付き合いになるわけだからここんとこをうまく
      乗り越えられないと辛いものなんだよね。



            

二葉亭四迷 wikiより



2016年10月25日火曜日

気持ちを伝える言葉




ちょっと前のことなんだけれど、遠く(ミュンヘンではないドイツ)に住んでる
お友達がね、ドイツ人の旦那さんと色々難しいことがあって
離婚するとかしないとかすったもんだ揉めていた時に(結論を
先に言うとなんとか解決したんだけど)電話とかでずっと相談にのって
いたことがある。


色んなトラブルが二人の間にはあったんだけれど奥さんはご主人のことを
一貫して「愛している」とおっしゃっていた。綾ちゃんの目から見ても
どっちかというとご主人のほうがふらふらしていてやばい感じだった。


でね、二人の均衡が崩れるときっていうのはやっぱり言語のコミュニケーションが
舌足らずになってしまうときなんだって。奥さんのドイツ語が拙くてご主人が
イライラして爆発のきっかけを作るそうな。


『でもね、愛してるってイッヒ リーベ デイッヒ以外になんて言えばいいのよ?』


『ほら、二人で一緒に綺麗な夕焼けを見て感動したってシェーン(Schön=綺麗)
しか単語が思いつかないじゃない。』



なんて愚痴を綾ちゃんにずらずら並べる彼女に、綾ちゃんは綾ちゃんで
それって国際結婚にだけ特有の問題なのかなあとふと首を傾げたりしたいたものだった。





今日ね電車の席に座ったら窓際にこんな落書きがあって思わず写真に撮ってしまった。
人種差別反対!TTIPを阻止せよ
と書いてある。TTIPというのは北大西洋版TPPのこと。




2016年10月23日日曜日

神曲とシンギョク




一昨日のこと、ある生薬がたまたま在庫切れでどうしましょうかと
ドクターに尋ねたところ、代替としてこれを使いなさいと神曲をトンと
置かれた。思わずそれからダンテの話題を口にして盛り上がったのは
言うまでもない。




薬品棚には(炒=炙った感じ)と(焦=強く炙った感じ)と二種類ある。



ダンテなんて読んだことがなくても恥ずかしがる必要などない。
読んでる人の方が綾ちゃん的にはむしろ不気味だ。
このテの古典はいきなり読んで解る種類のものではないんだけど
ちょっとした導入とか予備知識などがあればぐぐっと面白くなるんだ。

「神曲」の邦訳はあまり良いものがないと思っていたんだけれど綾ちゃんは
偶然去年のクリスマスの頃、ネットで最新の訳が出ているのを見つけて
随分熱心に読んだんだ。それで記憶が比較的鮮明に残っていたというわけ。






これ、木の根っことかに見えるでしょ。


でもドクターは自分は学がないからと随分恥ずかしがった。
気持ちはわからなくもないよね。でね、ネットであれこれ中文の説明を
出してあげたらそれを読んですごく興味を惹かれたらしくて
絵心のインスピレーションに火をつけたみたいだった。

そうそう、「神曲」っていろんな絵画のモチーフになってたりもするよね。


2016年10月21日金曜日

神曲




         神曲という名の漢方生薬があることをご存知だろうか?




       シンギョク、と読むらしい。写真検索すると毒々しい色のもの
      とか出てくるから綾ちゃんが普段見慣れているものとは違う。
      明日にでもうちの病院のを写真に撮ってくるかな。



       いやあ、この名前をうちの病院の薬品庫の棚に見つけた時は
      震撼っていうか、とにかくびっくり。
      だって綾ちゃんのそれまでの理解だとダンテの代表作、「神の喜劇」
      という直訳の戯曲に神曲という邦訳をつけたのは森鴎外で、その訳が
      あまりにも見事であったため中国など他の国でもそれに習ったと
      思っていたわけで。つまり神曲という単語は日本独自の熟語だと
      信じていたからなんだよね。まさか同名の漢方薬があったなんて。



       これは面白いことに、小麦粉、小豆粉その他を練り合わせて
      発酵させたものなんだよね。生薬の状態では植物の根っこかな?
      と思わせる形状なんだけど。発酵食品なわけだから身体に良いに
      決まっているね。





例によって本文と関係ありません。
テーガーン湖沿いの遊歩道。これが気持ちいい!ぐるっと回れるけど
時間の都合で断念。来年暖かくなったらまた行こう。
水もきれいだから泳ぐのも気持ちいいって。









           





       

2016年10月20日木曜日

テーガーン湖で受難の道をたどる




テーガーン湖のハイキングコース、リーダーシュタインの道行きで
思いもかけないキリスト受難の立て札に出会った。これは1枚しか写真を
撮らなかったんだけどそのあとの写真を一挙公開しちゃうね。


ここはキリスト受難の物語が14枚の立て札で示してある。キリスト教で
いわゆる「十字架の道」というやつだな。ここがこんなに敬虔な道とは
思いもよらなかった。


十字架道の途中なんだけどしばらく行くとね、こんなものすごい
洞窟に出くわす。




見上げるとはるか上方にマリア様の像が。




でね、洞窟の内側にこんなのがあって、これはキリストとも受難とも
違うっぽい。よく見てみると、、、



1861年に山で行方不明になった方が1897年になって登山道工事の際
発見されたという慰霊の札だということがわかります。



山頂に上がると



小さな礼拝堂があります。15番目の巡礼の地というわけ。


ここからの眺めが素晴らしかった。


山の頂上だからねそれほど広くないんだけど、この時驚いたことにね
綾ちゃんの後ろから手を引かれた全盲のおばあさんが登ってこられたことなんだ。
展望に立って付き添いの人がずっと風景の説明をしていた。
そうだね、風や空気の感じ、受け取れるものはたくさんあるものね。