昔話になる。今から20年くらい前だ。
綾ちゃんは交換留学を終えてミュンヒェンから一旦帰国した後
ひょんな巡り合わせから再びドイツに来ることになった。
サラリーマンとして。フランクフルトにある、日本人ならその名を
知らぬ者はいない大企業のドイツ支店だった。
この会社は、日本では有名企業でもドイツでは当時無名で支店自体も若く
小さな事務所だった。支店長以下全部で10人くらいだったと思う。
われわれ現地社員も全員20歳代から30歳代前半と若かった。
綾ちゃんとほぼ同時期に入社した人があと二人いて、日本人男性が一人と
ドイツ人男性がもう一人。二人はどちらも綾ちゃんと同い年だったけど
二人とも転職組で同種の別企業からきた人たちだった。日本人男性をTさん、
ドイツ人男性の名はミヒャエル(本名)と呼ぼう。
ミヒャエルとは入社したその日から仲良くなった。金髪 • 青い目の背の高い
ガイジン。典型的なドイツ人なのにやたらと腰が低く「優しい」雰囲気だったから
とってもお話しやすかったのだ。彼のドイツ語は発音も明瞭で易しい単語を
使ってくれるので綾ちゃんはとっても助かった。独文科出身と言っても
実践はさっぱりだったからゆっくり優しく一対一でしゃべってもらわないと
ドイツ語はわからなかったのだ。
ミヒャエルと私は同じフロアで働くけれど部署は異なるので直接仕事で
関与することは(最初のうち)なかった。綾ちゃんは総務 • 経理で
支店長秘書 • 通訳も兼ねている、つまりは「何でも屋」なので
覚える仕事が広範で最初の頃はあっぷあっぷだった。お昼休みや朝と夕方、
言葉を交わす程度。でも同期入社の「同士」みたいな気でいたんだ。
綾ちゃんはミヒャエルに対して単純に好感を抱いていたが
日本人スタッフの間で彼の評判はすこぶる悪かった。仕事能力が
著しく低いらしいのだ。綾ちゃんは度々、ミヒャエルと同じ部署の
同僚たちが彼のことを愚痴っているのを耳にした。どの逸話も
それが本当ならびっくりするほど彼の知能を疑ってしまう話だった。
そして彼らは何かの折に、彼のことを
『あのオ○マ』という表現を使って罵ったのだ。
え?それって本当?
もしそのウワサが本当なら、綾ちゃん、生涯で初めてそういうタイプの人と
出会ったことになる。
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