2013年8月7日水曜日

ベルヒ先生~再訪~

    



                           やはり完全には治っていなかった。



 一年を待たずにじわじわと再発し始めた。なんとかこのまま完治してくれないかと
それなりの努力を惜しまなかったつもりだが後の祭り。じゃあ、今度は悔いなく
治療したいからと補助保険に加入したはいいが待機期間が半年。欲を出してその半年間
待ったのがいけなかった。



 その間、郊外に引っ越しした。合唱団も辞めたのでベルヒ先生にお会いすることは
なくなってしまったが彼も息子の体調を大変気にやんでくださっていた。
念のため、引っ越し先の近くに漢方の医者または治療家がいないかと探してみたが
やはりミュンヒェンの、それも「あの」先生のところが地の利も良く信用出来るという
結論に達した。


 だが今回は以前のように学校帰りにちょっとという訳にはいかない。冬休みを
利用しようとしたら、閉まっていた。そんなこんなで翌年2月まで再訪をずるずる
遅らせてしまった。ドイツは2月にファッシング(断食際)のお休みがある。
学校はお休みだが大人は働いている期間だ。息子を一週間病院に通わせることにした。
病院に電話をかけるとまたしてもドクター本人が電話に出て、私が一週間分の予約を
取りたいと言うとしきりと


       『ありがとう。ありがとう。』

を繰り返していた。どう考えても言葉の使い方や態度が間違っていると思う。まあ、自分を選んでくれてありがとうって意味なんだろうけど、商売人じゃないんだから
あんまり「毎度ありい〜。」みたいなカンジだとやばい医者じゃないかと思っちゃう。    



 まっ、そこのところはいまだになんにも変わっちゃいないんだけどね。





   



空港内なのに緑が多い。ここはターミナル1と2の間にあるスペース。
エアブロイの入り口。テラスで飲む生ビール最高!

2013年8月6日火曜日

ベルヒ先生~経過~

      


                  息子の病状は明らかに好転していった。



 鍼を刺されるのが嫌な息子本人さえ治療の効果を否めないほどだった。
ただし、治療は打ち切らざるを得なくなった。予算が底をついたからだ。
いくら何でもこれ以上は払えない。その日がきた。私は正直に言った。
予算の関係で一旦打ちきります、と。 




 それから一年ほど息子の状態はおちついていた。漢方、万歳!だ。
だが、それは完治とは言えなかった。じわじわと再発の魔の手が忍び寄っていたからだ。
 






夫が日本出張です。空港までお見送りにいってきました。
そしてミュンヒェン空港内にある醸造所エアーブロイのビール。
美味かった。


2013年8月5日月曜日

ベルヒ先生〜ドクターの治療〜




     治療も結局のところ素人にはさっぱりわからない。



 指圧はアシスタントのカリンさん(仮名)がやってくださった。子供はリラックスして
気持ち良さそうにしている。鍼もハタで見ている限りでは腕が良いやら悪いやら区別が
つかない。漢方薬をもらったがこれは失敗だった。すごい匂いと味で飲ませるのに
ひと苦労。残念ながら漢方は子供にはあまり向かない。鍼は怖いし薬は苦い。



     最初の治療のあと、いわゆる初期反応が出た。     



 ある程度予測していたことなので割合落ち着いて対処した。子供は可哀想
だったけれど、でも反応があるということは脈ありのしるしだから。



     そして少しずつ子供の状態は良くなっていった。



        


典型的な中国の薬品棚
うちの病院にもこれと似たような棚があります。



2013年8月4日日曜日

ベルヒ先生~ドクターの診察~




 漢方、または中医学の知識は持ち合わせていなかった。私の知っていることといえば
舌診、脈診を行うことくらい。でも診察はとても丁寧に行われた、それはよくわかった。
ドクターは上半身裸のうちの子を一目見て、




                 『これはイカン。いくら何でも痩せすぎだ。』



と何度もおっしゃった。



  そう、これまでどの医者も言わなかった一言。それまでの医者は、摂食障害と言うと
すぐに体重計を持ち出してきて、体重を測り、



                    『かなり痩せ気味ではあるけれどまだ大丈夫。』





などと言ったものだ。


数字じゃない、マニュアルじゃない、どうしてわからないんだろう。どこがどう、
まだ大丈夫なんだろう。(点滴治療には及ばない、という程度の意味なんだな。)



  これまでにかかった医者よりはずいぶんマシなようだ。心の中でドクターの株は
上がってきた。
さて、お手並み拝見。治療の腕前はいかがなものか。


  生意気ではあるけれどこちらだって真剣なんだ。悩み疲れ果てた挙げ句だし
料金だってべらぼうじゃないか。名医だろうがなんだろうが、治してもらわなきゃ困る。



            

患者さんにいただきました。
ドクターと奥様、それから私の三人を表す花なんだって。

2013年8月3日土曜日

ベルヒ先生~邂逅~



       この人に任せてはいけないんじゃないかしら?




 これが第一印象。いくら何もかも普通の病院と違うって言ったってデブの医者ってのは
無しでしょう。近年、メタボなお医者さんにはとんとお目にかからない。そりゃそうだ、
自分の体重管理もようできん人が他人の健康につべこべ言う資格があるわけない。



 しかもこの病院ヒマそうだ。私の知っている、いわゆる「病院」は待合室にぞろっと
患者さんが並んでて事前予約を取っていたってなんのその、1時間くらいは平気で
待たされたりするものだ。(日本だってそうだよね。)
私と二男がやってくるとドクターとアシスタントの人が両手を広げんばかりにして
歓迎してくれてまあまあなんていいながらお茶を勧められる。
他の患者さんの影も形も見えない。(わかると思うけど病院に来てドクターに歓迎される
というのはなんだかおかしいし第一、アヤシい。)



 私はなんとなく「ドカベン」(ああ、歳がわかるうっ!!)を思い浮かべながら
(注 :  ドカベンは野球選手なのにデブだ。あまりにも打撃も守備も上手すぎるので
デブでも鈍足でも最高のプレーヤーという設定。)そんなこともあるのかなっと
とりあえずこの問題は深く考えないことにした。



 そして問診が始まった。


         

             AMAZONの山田太郎ZIPPO(?)
           改めて見るともしやドクターのそっくりさん?





2013年8月2日金曜日

ベルヒ先生〜成り行き〜




 合唱団もかなり休みがちになっていた。が、二男は「絶対やめない。」と言って
頑張っていた。



 ある日のこと、二男が個人レッスン中に腹痛の発作が起き嘔吐した。自宅は
近くだったので休憩後一人で帰宅したが私がベルヒ先生にお詫びの電話をすると
やはりご心配のご様子で子供の様子を訊かれた。だいたいの事情を説明すると



    『いいTCM(Traditional Chinese Medicin =伝統中医学)の先生を知ってるよ。
    場所も都心の真ん中だし行きやすい場所だよ。中国人でとにかく腕がいいから
    一度試してみたらどうでしょう。』


とおっしゃった。そうだ、漢方。それは何度も考えた。どんな療法でもとにかく
治療家の腕が良くなくては話にならない。これも何かの縁だ。試してみよう。



 そして電話してみた。初めて電話したときの話は以前書いたことがあるが
常識はずれにもいきなり電話にドクター本人がでた。ほとんど何を言ってるか
わからない中国語なまりのドイツ語を話す医者が受付をやっている。これは
絶対普通の病院であるはずがないと確信して予約を取った。



     そして期待に満ちて病院のドアを開けたのだった。



                          突然ですが街中で見かけたロールスロイス
                    Photo by Jiro Y.



      






          









 

2013年8月1日木曜日

ベルヒ先生〜すべての始まり〜



     ベルヒ先生(仮名)がいらっしゃた。しかもゲリラ的に。



 ベルヒ先生というのは二男の歌の先生だ。そして今となっては私の恩人となって
しまった。なぜって彼こそが私にうちのドクターを紹介してくださった人物だからだ。
もう、あれから何年経つのだろう。4年か、それ以上かしら?





         私たちは途方に暮れていた。




 二男が原因不明の腹痛を訴え始めてからというものありとあらゆる手段を試しては
落胆の日々を過ごしていたからだ。
小児科のお医者さんでは全く異常なし、子供に良くある神経性のものと言われ
学校も転校させたし食べ物や環境にも気を使った。私自身がホメオパシーを専門として
いるのでこれもあれこれ試してみた。自然療法で思いつく限りのことは行った。
漢方も頭の隅にあったがミュンヒェン一の名医と呼ばれる人に(ドイツ一ともいわれる
誉れ高いプロフェッサー)失望させられていた矢先だったので(この話はまたいつか
書きます。)全く気が進まなかった。あんなんで名医中の名医なら漢方医はドイツでは
全員失格だ、とはっきり感じていたからだ。そう、私は医者選びには大変厳しい。



 そうこうする間にも子供は毎日七転八倒の苦痛を訴え、毎回嘔吐し続けた。医学的に
何の病変も無くただ精神的な問題であるのなら、最大の原因は母親である自分のせいなのかと苦しみもしたし迷いの連続の日々を送った。3ヶ月ほどほとんど学校に行けない
状態が続きもはや勉強どころではなくなった。学年は一年遅らせることにした。こちらではさして珍しいことではない。勉強は身体が治ってからゆっくり取り戻せばいい。
当時9歳の彼は身長142㎝、体重は28㎏にまで落ちていた。もともと小さい子だったが、これは明らかに異常だった。




 テルツ少年合唱団の団員だった息子は当時週に3回、歌のレッスンに通っていた。
週に2回の個人レッスンと週に一度の全体練習。そして彼の個人レッスンのトレーナーが
冒頭で紹介したベルヒ先生だったのだ。




             




 
                             


                                      懐かしい映像
       2010年11月05日 ベルヒ先生(仮名だけど本人)指揮
           うちの二男は最前列左から3晩目の日本人