2013年1月29日火曜日

そこで語るな!愛の言葉を!

      


       『本気なんです!愛しているんです!彼のことを!
       彼にご家族がいるのは知っています。でも押さえられないの!
       どうか彼に伝えて、私がどんなにドクターのことを想っているかを。』



 なぜだ!なぜだ!なぜなんだ!そんなに想っているのなら直接言え!!!
なぜその「愛の言葉」を「私」に伝える???あいつなら今そこで昼寝の真っ最中だ。
写真がないのでお伝えできないのが残念だがうちのドクターはメタボでワイルドな
熊男だぞ。なぜ、わざわざ毎日のように昼休みを狙って電話をかけて来て、
「私」相手に愛を語るんだ??



 まあ、気持ちはわからないでもないよ。ジェレミーさん(仮名)の壮絶人生を聞いて
同情しない人なんていないし • • • 。30年前にご主人と二人の息子さんを交通事故で一気に亡くしてから、独り身でただただ身を粉にして救急病棟の看護婦として働いて来た。心身症で精神安定剤を服用するうち薬物中毒になってしまったお気の毒な人生。
60歳を過ぎた今も週に二日の24時間勤務をこなし夜勤ばかりの毎日。若い子が
用事があると全部夜勤を引き受けちゃうからめちゃくちゃな働き方をしている。
だってお家に帰っても誰も待つ人がいないんだもの。30年もそんな日々を過ごして来たんだ。苦しいと勤務先のドクターたちはどんどん精神安定剤を処方してくれるらしい。
薬の中毒作用、依存作用は並大抵ではない。



 そしてとうとう、薬剤を止める決心をしてうちの病院を訪ねて来た。



 私たちは一生懸命やっているが、もちろん30年間の歴史をひっくり返すのは
並大抵の努力ではかなわない。が、一種の初期作用とでもいうのだろうか、これまでの
ところはかなり上手くいっている。長期戦は(こちら側は)覚悟の上だ。つまり、彼女の
予算がどこまで持つかという問題も程なく出てくるだろう。



 彼女は今、きっと初めて「救われた」と感じているのだ。これまでの寂しさを
全てうちの先生の笑顔の中にに投影させている。彼が人生の全てを埋め合わせて
くれていると感じているのだと思う。



 いやあ、改めて、医者のカリスマ度ってすごいもんだなあと感じる。ジェレミーさんに
限らず、うちの先生何人かの女性の患者さんにモテモテだもんね。(大抵おばあさん
だけど、中には先生と同い年くらいの人もいる)弱っている時に手を差し伸べてもらえるとそれだけで心がぐらりとしちゃうんだ。




 ジェレミーさんはうちにくると、まず、先生をハグしてほっぺにキスする。
プレゼントもしょっちゅう持ってくるけど熱い胸の内を直接語るのは恥ずかしいと感じているらしい。
それで私のところになぜかお鉢が回って来て、私が彼女の想いを聞く役になっている。



 ここだけの話だけれど、うちの先生はジェレミーさんのケースについてはかなり
ペシミステイックな観測をしている。30年以上にわたる薬物中毒の歴史、
彼女の精神状態、現在の勤務状況、将来への展望、財政状況、どれも明るい要素が
ないからだ。そして彼女の身体はもうぼろぼろだ。



 今、彼女は若い小娘のように「恋」をしている。この感情は果たしてプラスの要素なんだろうか?道ならぬ恋に60過ぎて目覚めて、それを先生の近くにいる私に打ち明ける。



 とりあえず私は信じたいなあ。素敵なときめく心の果たす作用を。
女性ってこんな風にときめいてもいいんだよって本当はこっそり教えてあげたいなあ。



 同じ女性としてね。




       

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