綾ちゃんの今回の日本への帰省の一番大切なご用事は
福岡の実家の様子を見ること、綾ちゃんパパと今後の生活について
話をすることだった。
綾ちゃんの両親は二人きりで暮らしている。
88歳と80歳の二人暮らしは何かと難しいことがあるだろう。
実は綾ちゃんママが認知症だというので今現在どのくらい大変なことになって
いるのかをこの目で確かめたかった。
アルツハイマーを始めとする老人性認知症について、綾ちゃんは
医学的な知識はそこそこに持っていたが身内に患者がいたことはない。
そして今回ずいぶん勉強することができた。
何より患者が綾ちゃんの母親という、綾ちゃん自身の分身のような
存在なわけだから、そして誰よりもその人となりを知っているので
どのように性格が変わったのかをはっきりと分析することができた。
綾ちゃんママは現在中程度の進行度であるそうで
生活上の支障は全くなく、ただ記憶だけが長続きしない。同じことを
ひっきりなしに繰り返して言う。どれも他愛のないものだ。
徘徊するわけでもないし奇行もない。
進行度や症状にずいぶん幅があるというのはこういうことなのかと
納得した。他人がぱっと見ても特に普通と変わりないと思う。
病変があるとかないとかではなく、ずいぶん変化したな、と思ったのは
性格だ。ずいぶん「丸く」なった。
綾ちゃんママは本来もっともっと元気で陽気で「えばりんぼう」だった。
勝気でとにかく自分が他人より勝っていると思っていないといけない人だった。
彼女の娘として、あまりにも「柔らかく」なってしまった母親の心の中を
トレースするような瞬間を体験した。母はもはや誰ともケンカしないし
誰の言葉にも異を挟まない。おそらくその気力がないのだ。
というか誰かの意見に反論するという脳の回路はある程度高度な働きで
母なりに(決して言わないが、おそらくはたった一つのプライドで)
気を遣っていて自分の頭の中の記憶の欠損に気がついていて
ボロが出ないように気をつけているように思えた。
記憶が5分と持たない。
記憶を司る海馬が萎縮しているわけだから記憶のストックができない。
言い換えると1日1日と記憶の空白がストックされていくわけで
毎日の生活とアイデンティティーがだんだん靄に包まれていくような
感覚に陥っているのだと思う。
ものすごく戸惑って真っ白な霧の中で怯えてうずくまっているように
見える瞬間が沢山あった。
池になんかいますね。
あれ?カメ?
四天王寺名物カメの甲羅干しでした。
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