そんな風にしてプロフェッサーと私が出会った6月のあの一週間は
静かに過ぎていった。私ももう出しゃばることはせず、淡々と自分の
仕事をこなしていった。音楽の話もほとんどしなかった。
ご病気のせいでピアノが弾けなくて苦しい思いをして
いらっしゃるようだったからだ。
最後の日、心を込めてお灸をしてあげた。どうか、どうか、
良くなりますように。
彼はふと、私に尋ねた。
『息子さんはピアノをお弾きになっていたのでしたね。
今、どんな曲を弾いていますか?』
私 『リストのヴェネチアとナポリ、ベートーベンはテンペスト。
あと、ケンマリング先生から宿題でショパンのエチュードを
10の1と2と5ばん。とにかくショパンをたくさん弾きなさいと
言われています。うちの子はテクニックがずいぶん劣っているので。』
プロフェッサー『あなたの息子さんは今、何歳ですか?』
私 『14歳です。』
プロフェッサー『14歳ですか、そうですね。そんな年齢ですね。今はそういう曲を
いっぱい弾かないと。』
そうして彼は去っていった。先生が毎日お薬を煎じてその日の分をポットに
持たせてあげていたが、あと10日分の煎じ薬を袋につめて帰っていった。
必ず連絡すると言いおいて。
けれど、その翌週、彼の容態は悪化した。
(続く)
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