2012年11月18日日曜日

心の傷  ③






    『腫瘍の位置は姉がのどを切り裂かれたズバリその場所なの。
    そしてその同じ場所を今度は医者が切り裂いたの。』



 うちの先生は彼女に「手術前にうちに来てくれれば良かったのに。」と
言ったそうだ。そう、良性腫瘍は自然療法で割合あっさり治るケースが多い。
彼女のように若ければ、腫瘍が出来て日数が経っていなければ一週間ほどで
引っ込んでしまうことがよくある。先月も胸にしこりのある50歳代の
患者さんを治したばかりだ。そしておそらく(西洋医学のお医者さんは
認めないかもしれないが)彼女の腫瘍は、その位置は「事件」と関係している。
関係していない訳がない。切除なんてことしたら • • • 。



 『包帯がとれて最初に傷口を見た時の私の衝撃を想像できる?
ねえ、姉の雄叫びが、苦しみが私に張り付いてしまったかのように
私ののどにはこんなに大きな傷跡が残ってしまったの。
毎朝毎朝起きて鏡を見る度に、5年前のあの時の情景と向き合うことに
なってしまったの。』


 手術は成功した。もう、彼女ののどに腫瘍は存在しない。


             だが。


 腫瘍以上に恐ろしい大きな手術痕が残ってしまった。
しかも炎症を起こし全く治る気配がないのだ。



 『手術で取ってしまったはずの場所は腫れ上がり
痛みも異物感もますます酷くなっていくの。本当に、本当に
どうしたらいいのかわからないのよ。』



 主治医からは雑菌による炎症ということで抗生物質を渡される。


             全然効かない。




 心の叫びだ。彼女は静かに彼女の「恐怖」を物語る。なんという重い
十字架を背負った人なのだろう。
気丈に明るく優しく振る舞うプロストさんのまわりには柔らかな乳白色の
香が立つような気配すらある。彼女の持ち前の気質は彼女に課せられた
試練によってますます香気高いものへとなっているのだ。



 でも、きっと頑張りすぎたんだね。



 あなたがここでドクターにだけ話したあなたの「秘密」を今、私に打ち明けて
くれた。あなたには今、そんな風に心打ち解けて甘えられる存在が必要なんだよね。
大丈夫。大丈夫。心の傷が癒される日もいつかきっと来る。とにかく
そう信じよう。




私『プロストさん、あまりにお気の毒で気安い慰めの言葉が見つかりません。
だけどプロストさん、あなたを愛していたわる人の存在と気遣いを信じて。
その人たちはみんなあなたの味方であなたが心安らかに日々を過ごせる日が
来ることを心から願っています。皆のベクトルが同じ方向を向いています。
私も治療に全力を尽くします。私はうちのドクターと朝から晩まで一緒に
いるから、彼がどんなに優秀ですごい人か知っています。知識や腕だけではなく
「心」や「人間性」が身体に及ぼす作用というものをわきまえておられる方です。
とにかく一緒に頑張りましょう。いえ、頑張るのは私どもであなたは
愚痴でも何でも言っちゃった方がいいのかもしれませんね。
もう、ものすごい話は聞いちゃったから、あとはなにを聞いても怖くないし。』


 彼女は優しく微笑んだ。『うふふ。』って。





 彼女に癒されるのは私の方だ。きっと彼女はそんな存在になるための
試練を乗り越えていけるはずだ。





注)  プロストさんのお身内に起こった「事件」は事実報道を脚色しています。
   決して検索等で彼女の素性がわからぬよう配慮して書いたつもりです。




0 件のコメント:

コメントを投稿