2012年11月24日土曜日

砂漠の彼方に光る井戸 ④




         だけど先生は違う。




 私が先生をとても尊敬している理由のひとつだ。(今回のケースは先生自体が嫌われている訳ではないが。)病院はお客様商売と一緒だからこちらが患者さんを選べる訳じゃあない。もちろんうちは完全プライベートのいわば、「高級病院」の範疇なのでそれなりに
お金持ちの人が多い。VIPもいる。でも中には変な人もいる。そういう人に対して
うちの先生は進んで仲良しになろうとするのだ。30分の診察時間内に笑い声が満ちて
ほとんど必ずと言っていいほど患者さんの心をゲットしてしまう。



 シュピッツさんはそのせいか(おばあさんなんだけど)年下の先生にまるで自分が
彼の子供か恋人でもあるかのように甘えまくる。そして先生がまたよくハイハイと甘えさせる。彼女は側で見ていると、まあこれでもかというほどわがままを言い、具合が悪いくせに自分の医学の知識をひけらかしまくる。先生が、彼女が私を排斥したがったにもかかわらず私を治療に同席させるのは、その彼女のわがままに滞りなく応えるためだ。





シュピッツさん『ああ、今度は首が痛いの。アクセル(頸椎のひとつ)よ。』
       『昨日は右に打った鍼を今日はどうして左に打つの?』
       『こっちの毛布は邪魔。ああ、背中が寒いわ。お灸の熱さが足りない。』



 実は彼女が通院していた時期、中国人アシスタントがもう一人いた。
看護婦の資格を持つ彼女は午後の担当(私は当時午前だけ)。
なんと日本語がしゃべれた。
彼女もこのシュピッツさんにはさんざんやりこめられて文句たらたらだった。
彼女の口からずいぶんとシュピッツさんの愚痴を聞かされたが私は(先生のお姿に
感銘を受けていたせいで)それには乗らなかった。
不思議なもので自分の患者さんだと思うと「嫌いだ」という気持ちは湧いて来ない。
でも傷つけられたことは確かだ。だから顔を合わせるのは辛かった。





(続く)




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