2012年11月7日水曜日
プロフェッサー ①
彼に出会ったのはドイツにも初夏の香り立つ
6月のことだった。
その患者さんのことは前もって先生から伺っていた。
私がとても興味を引かれていたことはふたつ。
一つは彼がピアニストだということ。もうひとつは
彼が私の主人と同じ持病に苦しんでいるということ。
遠くからお越しになるので通院のためにミュンヒェンに
ホテルをとって一週間毎日集中治療にいらっしゃるのだ。
たいへんきめ細かなかたで前もって確認の電話を何度も
かけていらっしゃった。メールでご自身の病状や毎日の
生活をを事細かに報告してきていた。
完璧主義と言ってよい。
雑音防止のために耳当てをした、大きな大きな殿方が
いらっしゃった。うちの先生は彼のことを『プロフェッサー』と
呼んだ。へええ、どこかの音大の先生でいらっしゃるんだ。
私 『初めまして。カリン(前任者、仮名)さんの
後任のヨシオカです。』
そのときは握手をしただけで特に何も話さなかった。
指圧をするにあたって、私は密かにいくつか特別な予習を
して作戦を立てていた。とにかく私はこの病気が治るものなのか
興味津々なのだ。この病気に効くといわれるツボをネットで
探しまくって特別プランを立てていた。ドクターには内緒で。
ところが、、、
私 『指圧を始めますね。』
プロフェッサー『最初にあなたにお聞きするが、
あなたはこれから私に施そうとする治療を目的的に
行うのですか?』
私 『ハイ、もちろんです。あなたの病気の場合、ここと
ここのツボが、、、』
プロフェッサー『それは間違っています。この病気は色々なタイプが
あって、ひとくくりにこれこれといっても私の症状に
合ったものだと言えるのですか?』
• • • • •
いきなり撃沈してしまいました。だいたいなぜ私は前もってドクターに
相談しなかったのでしょう?理由はわかっています。この病気にあまりにも
関心があって特別に肩入れしていることを見透かされたくなかったんですよね。
とりあえずその日は一般的なデトックスの足もみに変更。
でもちょこちょこお話は出来ました。
私 『ピアニストでいらっしゃるそうですね。』
プロフェッサー『ああ、もしまだ私のことをそう呼んでくれる人が
いるならばという前提でだが。』
私 『どんな分野がご専門なんですか?ベートーベンとか
バッハとか現代曲とかいろいろありますでしょう?』
プロフェッサー『それが芸術であるならば、私はどんな音楽でも
弾きますよ。』
私 『私、実は長男がピアノを弾いているんです。以前は
クラシック音楽にはほとんど興味なかったんですが
息子と主人をとおしてずいぶん色んなことを学んで
いるところなんです。
息子はつい最近ピアノのコースに行って来たばかりなんです。』
プロフェッサー『誰についたのですか?』
私 『ケンマリングという人なんですけどご存知でいらっしゃいますか?』
突然、彼の顔色が変わった。
プロフェッサー『何だって?彼はまだ現役で教えているのですか?
私は30年前に彼についていたんだ。私はピアノの
全てを彼から教わったんだよ。』
なんということでしょう。ここから私とプロフェッサーとの絆が
生まれ始めたのです。
続きはまた今度。
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