火星人がやって来た。
それは昨日の事。お昼休みが終わって午後一番の患者さんがやって来たんです。
その方とドクターと三人でお茶を飲みながら歓談していた。
「歓談」と言っても話題は重い。
ステロイド(副腎皮質ホルモン)剤を止めたい患者さんが鍼治療の成果が
出ない事で焦ってらした。治療費もかさむからね。例によって薬物中毒から
抜け出すのは容易ではない。それもまだ3回目の治療だ。プライベート保険に
加入していない自払いの患者さんなんだけど、出来れば性急に
結論を出さずにじっくり頑張って続けて欲しい。そんな話をゆっくりと
していた。
そのとき、入り口のドアが開いた。
そしてその、「火星人」が入って来た!
だいたいこんな感じ。
多分、本当は人間じゃないかと思う。でも、とっても痩せていて手足が異常に長い。
目玉がぎょろりとしていてアタマのてっぺんがはげている。あろうことか
ハゲ頭にぐるりと飾り紐を巻き付けている。
きょわい。どうしよう。そう思って凍りついていたら、「火星人」はおもむろに口を開いた。
火星人『鼻に出来たポリープが炎症を起こして、上の(階の耳鼻咽喉科の)医者に手術す るしかないって言われたんだけどお宅の治療で治りますかね。』
私 『えっと、どの程度進行しているかにもよるんですけれどある程度の効果は期待で きると思いますよ。ねえ、先生。』
恐ろしくてしようがない私はいきなりドクターに振った。
先生 『いや、ポリープを完全に治すというのはうちでは
不可能ですよ。』
はああ!???見ればドクター、顔面蒼白。私に負けず劣らずびびっている。
火星人『いや、完全に治らなくても手術をしなくて良いくらいまで症状が改善すれば良い んです。全然無理ってわけじゃあないんでしょう?』
先生 『いいですか、うちの治療費はとても高いんです。
プライベート保険に加入してな い人が払える額ではない。見てください。これがうちの料金表です。』
火星人『(料金表を見て)なんとかなりますよ。何回くらい鍼治療に通えば
良いんでしょうね?』
先生 『自払いの患者さんの場合、大抵は
2〜3回試しにやって来て
効果が感じられなければすぐに止めてしまうものなんですよ。』
先生、何が何でも火星人が治療に来るのを阻止しようとしている。自分の発言が
たった今、ステロイド中毒の患者さんを励ました言葉を全て打ち消している事に
思いも寄らない様子だ。
もちろん、ステロイドの患者さんも唖然&呆然として成り行きを見守っている。
火星人『ううん。今日はこれ以上時間が取れないからまた質問しに来ます。明日の
この時間でもいいですかね。』
先生 『これ以上の質問は問診と言う事になるので請求書が発生しますよ。きちんと
予約を取ってください。一週間以上前もってね。』
火星人『来週の予定はわからないなあ。フレキシブルタイムで働いてるから。じゃあ、
電話します。』
そう言ってうちのパンフレットを持って帰っていった。
あとから冷静に考えるとこの時の先生の対応はもう無茶苦茶だし失礼千万この上ない。
だけど恐怖に震え上がって気も狂わんばかりに怯えていた私は心から安堵のため息を
ついた。
もし、彼が本当に地球の人間ならば、ドクターのあまりの対応に傷ついて、
もう、うちで予約を取ったりしないと思う。
そうだったら本当に、本当にごめんなさい。地球人だろうが宇宙人だろうが
何だろうが本来我々は患者をえり好みしてはいけない立場の人たちなんです。
ドクターはやってはいけないことをしてしまった。罪深い医者なんです。
私も同罪。だけど何度思い返してもやっぱり怖かった。恐ろしかった。
火星人さん!ごめんなさい!
お願いだから、このことで怒って地球を滅ぼしに来たりしないでください。
もう一つ心配なのはステロイドの患者さん。
我々への信頼を失ってしまってないかなあ。(私が患者ならアヤシい。)
ぐすん。ああ、でもホントにこわかったんだよおお。