2013年5月31日金曜日

パンツは語る  ④



       男のパンツで驚愕した事は(残念ながら?)まだ無い。





 私のママ友で(駐在の方の奥様でもう日本に帰国なさっちゃったけど)救命救急病棟の
看護婦さんがいた。帰国したら職場復帰するっておっしゃっていたからきっと今頃
元気に働いてらっしゃるだろう。彼女の経験値は私の比では無い。
連日、洋服を脱がせたり大きなはさみでセーターやズボンをじょきじょき切るのが
仕事のメインと言って良いほどだったと回顧する彼女はそれはそれは沢山のパンツを
見てきたそうだ。秘められた願望だかなんだかおじさんもおじいさんも若者も
ひらひらふりふりキャラクターありとあらゆる衝撃らしい。とにかくテキは
不意の出来事で救急車で運ばれて来る訳だからね、下着を選ぶ余裕が無いだけ話に迫力がある。



 とにかく私は幸福だ。そういう目に遭ってないだけね。私の目にする男性下着は
どれもこれもありきたりのものだが、やっぱり人となりを表すなあと思う事例は
ベンチャーの若手社長さんなんかでぼろぼろのパンツにお目にかかる事があるときだ。
何たってうちは事前予約制な訳だから前もって見られるってわかってる時くらい
見栄を張ったらいいのにって思うんだけど、そういう人に限ってとことん余裕が無い。
治療の最中パソコンや携帯を離さない。マッサージを受けながらメールするな!
そして病名は十中八九、神経性胃炎とか逆流性食道炎とか十二指腸潰瘍とか消化器系の
炎症だったりする。ストレス病と本人も分かっていながら仕事を軌道に乗せるための
強迫観念と戦っている。まっ、わからなくもないけどね。



        新しいパンツを買うお金も時間も心も惜しい。


 そこだって。病気の原因は。


(つづく)



       
   


         Clay Motion 4                  by Jiro Y.




2013年5月30日木曜日

パンツは語る  ③



 今日、Aさんという20歳代の患者さんが来た。人工透析を受けている深刻なケースで
我々は彼女のはかない美しさに胸を打たれる事がある。ドイツ人の女の子は皆、
おしなべて可愛い。何で30歳過ぎたらああなっちゃうんだろうって思うけれど、まあ、
それはさておき、このAさんもため息がでるほど綺麗で魅力的な女の子だ。
ぱっちりとして大きなお目め。茶色くってまつげが長〜い。色白で鼻筋がとおっていて、ふっと横を向く仕草なんか憂いがこもっている、こんな子に見つめられたら喜んで命を
投げ出す若者が続出するんじゃないかと(アタマ古すぎ?)心配になっちゃうくらいだ。



 そしてこの年代の女の子の下着はとっても品がいい。センスが良くってこってり(?)
してないし、その子の心持ちそのままな雰囲気が伝わって来る。うちは完全予約制だから
患者さんは「見られる事を前提で」下着を選んでいるはずだ。ドクターは男だしね。
(どーでもいいけど、うちの主人なんかは私が病気のときは男性の医者に行くのを
嫌がるもんね。)まず、100%若い女性は見られても恥ずかしくないような、でも
ちょっぴりおしゃれでキュートな下着を身に着けている。明るい格子縞だったり
ちょっぴりフリルがついてたりさりげなくおリボンで飾ってあったりね。



 えへへ、ごめんね。こんなところで暴露しちゃって。名前出してないから許してね。
Aちゃん今日はこざっぱりしたTシャツにジーンズという出で立ちで現れて服を脱いだら
ピンク地にグレーのフリルの下着。いいなあ、この色使い。


 清潔だけど地味な格好をしている彼女はしかし心の奥は少女らしい夢溢れる情景で
満たされているんだねって思って切なくなった。こんなにうら若きみそらで透析の日々は想像を絶する辛さに違いない。


(つづく)



               
      

            

                         Clay Motion 3                         by Jiro Y.

   

2013年5月29日水曜日

パンツは語る  ②




         外から見られる事の無い内側のおしゃれ。
        これぞ真の心の叫びと言わずして何と呼ぼう。




 例えば現在うちのドクターの親戚の女性が遊びにきてらっしゃる。


 さて、彼女は中国人。50歳のおばちゃん。パンチパーマに近いきついパーマをかけている。オバQに出て来る小池さんをそのまま女性にした感じかな?まっ、ここまで
おじさんな感じじゃないけど、でもこんなおばさん、日本にも結構いるよね。


         


彼女が具合悪くなった。


で、治療することになったんだけど彼女のパンツがショッキングピンクの




ハローキティー。



ちなみに彼女のパジャマも薄いピンクのキティーちゃんだから、これは単なる趣味の
問題なのかもしれない。だけどこっちの身にもなってくれ。驚いたぞ。      



(つづく)                                  



2013年5月28日火曜日

パンツは語る  ①



      そろそろ私の就業日数は累計で300日近くになるのかな?




 うちは一人の患者さんにかける治療時間が長いので一日にアクセプト出来る患者数は
限られている。平均すると1日10人くらいかな。この中で全ての患者さんの治療に参加
する訳ではないから、私が何らかの形で関わるのはだいたい7人くらいとみて良い。



 つまり、


             300 X 7 = 2100



 これまで延べ数で約2100人の患者さんのおハダカを見てきた訳で、即ち
2100着のパンツを見てきた事になる。このうち男女比が4: 6、または3:7
だから比率から言うと男性下着が630〜840着、女性下着が1260〜1470着
となる。



        それらの経験を少しお話ししてもいいですか?


        お下品にならないようにいたします。



                                                     Clay Motion 2           by Jiro Y.

2013年5月26日日曜日

武田先生のお話






    今日は別のエピソードを書こうと思っていましたが、武田邦彦先生の
   ブログを訪れたらその文言とお怒りにに深く心打たれたのでここにそのまま
   出しておきます。是非、音声の方もお聴き下さい。拡散希望。



    

    武田邦彦
    【最重要】早急に日本政府は日本国民を守れ!







    

2013年5月25日土曜日

営業 〜其の参〜




    『もしもし、わたくし、大学病院の外科医Dr. ○ ○ と申します。』


私  『あ、ハイ、(お医者さん仲間のお友達かな?)ドクターとお話しになりたいん
   ですね。お電話おつなぎいたします。』

外科医『いえいえ、そちらで予約をいただきたいんです。昨日、腎臓のセミナーで
   おたくのドクターとお隣の席だったんです。(またか!)私の喘息をステロイド
   を使わずに治療してくださるって言うんで。』




 先生は中医学だけでなく西洋医学のお勉強にも熱心な方だ。お医者さんたちを対象にしたセミナーの招待状が頻繁に届けられるが、彼は可能な限り出向いていく。うちは
あらゆる範囲の患者さんがやってくるのでどんなテーマの講習会でものべつまくなしだ。
とにかくエネルギッシュな人だ。そして先生は「ノート魔」なのでありとあらゆる事を
メモってくる。だがお片づけ下手(!)なので、昨晩何してたかはばればれだ。朝、私が出勤して来ると昨日のセミナーや講演会のメモ書きが机いっぱいに散乱しているからそれを片付けながら私も一緒に「ふうん、こんな事例があるんだ〜。」と勉強出来たりする事がある。



 しかし、ここでも営業の「魔の手」を緩める事はない。とにかく病院を一歩出たら
自ら「歩く広告塔」となり名刺を配りまくっているらしい。



 私が職場で観察している限り、この傾向はうちのドクターだけではない。患者が
中国人の場合、まず、その患者さんは治療のどこかの時点で自分の「商売」を始める。
保険会社のセールスマンや輸入販売業、コンピューターの不具合はありませんかとか
主婦の場合は肉まんの行商をしていくケースもある。転んでもただでは起きないというか
ギブアンドテイク精神と言うか、これは大阪人もびっくりかもしれない。


 もちろん、結果的にトラブルに発展するケースも多々ある。詳細は述べないが
すでにいろいろ目撃済みだ。お金が絡むからあまり気持ちのいいものではない。



 私自身は、お金でもめる事くらいばかばかしく、また人間関係を損ねる事はないと
思っているから、何があってもこの手の「商売活動」の人々とは距離を置いている。


          まっ、頑張ってくださいね。そこそこに。



   

            


                                     Clay Motion               by Jiro Y.

営業 〜其の弐〜




        デルーさんは陽気でおしゃべり好きなおばあちゃんだ。




 ものすごい訛りがあるので話半分くらいしか分からないときも多いんだけどね。
このおばあちゃんが素敵なのは、お仕事大好きな働く主婦だってとこ。彼女の話題は
ほとんど仕事の話ばかり。40年以上、メッセの受付に座ってる。メッセは週末にある
事も多いから結構忙しそう。それから会場の入り口はすきま風が吹いて寒いしね。
長年働いていたら病気にもなっちゃうね。足が静脈瘤で曲がらない。靴下を自分で
履けない。(自宅では「靴下履かせ器」なるもので脱ぎ着しているらしい。)治療の後
靴下を履かせるのは私のお決まりの仕事だ。



デルーさん『ああ、いつ来てもここの治療は気持ちいいねえ。わたしゃあ、流行に
     疎いからドクターに出会うまではこんな不思議な治療があるなんて
     知らなかったよ。ちょっとお高いのが玉にきずだからしょっちゅうって訳には
     いかないけれど仕事で頑張ったときのご褒美さ。』


私    『先生とはどうやってお知り合いになったんですか?(まさか • • ?)』


デルーさん『もう、3年くらい前の話さ。「衣と住のメッセ」会場の受付をやってたらね
     おたくの先生がとおりかかったのさ。私が痛い足をさすってたらね、「私が
     血液凝固抑制剤を使わなくても生活出来るように治療してあげよう。うちの
     病院に来なさい」って言って名刺を置いていったのさ。それ以来のご縁だよ。
     本当に薬を使わなくて良くなったからねえ。感謝してるよ。』



          うわあ!一体どこに出没してるんだあ!



 みなさん、ミュンヒェンで何かしらの催し物の会場で持病の話題を口走るとうちの
ドクターが「出て」来るかもしれません。ご注意を。




             靴下装着補助用具「はける君」
            ちなみに去年彼女からクリスマスプレゼントで
            靴下を一足いただきました。「いつものお礼に」
            ですって。素敵でしょ。





2013年5月23日木曜日

営業 〜其の壱〜




       ここのところ同業者の新患さんが多い。



先生『はい、吉岡さん。今日の新患さん、指圧お願いね。彼は30年ミュンヒェンで
  自然療法家をやってらっしゃるんだよ。』



 げげ、さりげなくプレッシャーを与えられる。カルテを覗いてふむふむと病状を頭に
叩き込み、だいたいの手順をイメージしてから治療室に向かう。同業者だと医療知識の
面でも治療のハウツーにも厳しく追及されるから緊張するんだあ。腰痛かあ。この人。 




私   『自然療法家でいらっしゃるそうですね。鍼は初めてですか?』


患者さん『いや、私自身も自分の患者さんに鍼を打つ事はあります。(ぎゃ〜!!
    プレッシャー!!)今回は自分が腰痛なので注射を打とうにも鍼を打とうにも
    自分ではなんともできなくってね。もう、半年以上も酷い腰痛が治らなくて
    医者やら自然治療家やら同業者の間を10件以上回っているんだけれど
    まるきり良くならないんです。
     ここはなんだかとってもいい雰囲気ですね。病院って感じじゃあなくって
    ドクターも自宅に客を迎えるように患者と接してくれて。なんだか、今度こそ
    って期待してますよ。よろしくお願いしますね。』
私   『あの、ところでどうやってうちの病院を御知りになったのですか?
    インターネットのホームページとかですか?』


患者さん『昨日、ミュンヒェン市の春祭りの蚤の市に友人と行ったんですよ。で、
    歩きながら腰痛が治らないって話を友人にしてたらね、突然背後から
    「その腰痛、私が治してあげよう」って声がしたんです。それがこちらの
    先生だったんです。』



 おいおいおい!そんなとこで営業してんのか、ドクター。それでうちの先生に名刺
渡されて、早速昨日の今日でやって来たって訳?


私   『(だまされてるとは思わなかったんですか?って言いたい気持ちをぐっと
    こらえて)それでは先生の評判を御聞きになったとか言う訳ではなくて
    いらっしゃったんですか。ええ、うちのドクターは経験豊富で古典にも
    通暁してらっしゃるオリジナル中医学の名医ですからね。良い選択をなさい
    ましたよ。(あはは、汗かいてるよ。)』


患者さん『ええ、私もここに来てあらためてそう思っています。昨日、ドクターに
    声をかけられた時「これぞまさしく運命だ!神に救われたぞ!」という気が
    したんです。』



 そう、人はそれを「運命」だと捉える。私たちは「ご縁」って言葉を良く使うけどね。治ればいいんだ。終わり良ければすべて良し。
しかし、すごいもんだ、中国人の商売パワー。





                                 J&J's StopMotion     by Jiro Y.


                                          最後でWatchingのスペルが違ってますね。
           ご愛嬌ってことでお許しくださいませ。  


 

愛を語り終えるとき  ②



          恋愛転移というらしい。フロイトの言葉だ。




 要は治療をを受ける立場の人と施す立場の人が互いの「接近度」を「勘違い」して
恋愛感情へと移行していく事を言うようだ。まあ、恋愛というものがそもそも勘違いだと言えなくもないのだが、こんな「用語」が存在するからにはこういうことって結構、頻発
するのだろう。身寄りもない寂しい薬物中毒患者のジェレミーさん。職場からも見捨てられそうなジェレミーさん。たった一人の甘えられる対象がうちの先生なんだね。だけど
うちはただの町医者、彼女のケアはうちの「守備範囲」を超えている。とりあえず
自分の足でうちまで治療を受けに来れる限りは我々としても最善を尽くすけれど
彼女の治療中は私も、いつ救急車を呼ぶ羽目になるかと気が気ではない。




私 『彼女にとって先生は最後の「救い」なんですよねえ。』
先生『いや、いや、いや。もう、これ以上はしてあげれる事がなんにもないんだ。
   彼女は生き延びれるかどうかの瀬戸際だよ。』
私 『私も彼女はうちに来るよりも入院設備のついた専門病院に行くべきだと思います。
   万が一の時、彼女は自分で救急車を呼ばなきゃいけないんですよね。
   お一人暮らしで大丈夫なんでしょうか?』
先生『そこなんだよね。』




 医者の「資格」としてこちらから患者にコンタクトをとる事は通常許されていない。
「予約」を「強要」することにつながるからだ。事件性がなければ警察も動いてくれないし。そして豈図(あにはか)らんや翌日から彼女は来なくなった。ただ毎日ものすごい
勢いで電話は来る。具合が悪くて動けないらしい。何度も何度も電話してきてドクターに変わるまでわめき続ける。妄想にうなされているらしく意味不明のうわごとも多い。



       ドクターは丁寧に丁寧に対応していた。



 長時間の電話を何度も何度も繰り返し、とにかく食べる事休む事、いつでも
救急車を呼ぶ事(万一の場合はこちらで電話してあげる事も出来る)を教え込んでいた。



       そしてその電話も問題の金曜日以来、ぱったり来なくなった。




 うちはプライベート医院だから彼女を保険適用の専門施設に送り込む事が出来ない。
それは彼女の担当医(医療保険医)に任せなければならない。担当医のところに行けないならば救急車を呼んでもいい。同じ経過を辿るはずだ。うまくいったらいいのだけれど。あれから、どこからも誰からも何も言って来ないという事は、おそらく最悪の事態には
至っていないという事なのだと理解している。



 愛している、愛している、彼の事を胸焦がれるほど好きなんだ、と繰り返し私に語った
ジェレミーさん。あなたはおそらくまだ面と向かって告白はしていないでしょう?
待っているから、その時を。どれほどの「想い」に溢れていたかを語り終える時
きっとあなたは癒されると思う。



 私は希望を捨てずに待っています。


(おしまい)






            風船の浮かせ方    by Taro Y.












2013年5月22日水曜日

愛を語り終えるとき  ①




   これまたリピーター特集だがジェレミーさん(仮名)が先週、突然連絡してきた。




 ジェレミーさんと言えば「そこで語るな!愛の言葉を」で紹介した方だから
初診は1月。そのあとやっぱり身体が持たなくって心臓を悪くして入院してらした。
このたび退院して職場復帰、ついでにうちにもリピートということらしい。



 夕方私が帰宅した後電話してそのまま駆けつけたらしく、翌日書類を見て彼女が来た事を知った。わりあい落ち着いた感じだったって。薬物中毒の彼女。彼女が入院してからも
折に触れては、彼女の事を思いだしていた。あまりにも症状が重かったからね。そうか、
少し良くなったか、ほっ。


 • • っと思っていたらやっぱりこれは楽観的観測というやつだった。30年にわたる
薬物中毒だもんね。彼女が来るととにかくドクターは彼女にかかりっきりになるから
他の患者さんのケアをほとんど私が任される事になる。それでも聞こえて来る、
ジェレミーさんのうめき声やら叫び声、幻聴、うわごと、とにかく泣きわめく。先生は
何とか彼女にごはんを食べさせようとしておかゆを用意する。茶碗に半分くらいの量だがひとさじひとさじ先生自らジェレミーさんの口に持っていく。彼女は先生の事を
「愛して」いるため(?)全て先生からでないとだめなのだ。私が世話を焼こうとしても全部拒否する。



 彼女一人いるだけでうちは戦争状態だ。かくしてその日の午前中はジェレミーさんに
明け暮れぐったりしてお昼休みに突入。先生が珍しく『吉岡さん、今日は一緒に
お昼ごはん食べよう。』とおっしゃるので(いつも交代で昼食をとるから患者さんと
一緒のとき以外はばらばらに食べている)ちょっぴり緊張して席に着いた私だが、先生は私に気を使う様子もなくむっつり黙りこくってらっしゃる。


私 『先生、お疲れのご様子ですね。』
先生『うん。ジェレミーさんね、今週いっぱい、つまり金曜日までに病気を治さないと
  職場を解雇されるって上司にいわれたらしいんだ。それがストレスになってあんなに
  気が狂っちゃってるんだ。やっぱり彼女が気がかりでね。』




 彼女はミュンヒェンの国立大病院の救命救急病棟の最前線で働く看護婦さんだ。
もちろん現在の状態ではただの足手まといに違いない。



 でもね、でもね、こんなに酷い状態にしたのは一体誰なの?家族を事故で失って
心身症に苦しんでいる彼女を「独身」に戻ったからって夜勤だらけのシフトで働かせて
具合が悪いとほいほい精神安定剤を処方してたのは職場のドクターたちなんだよ。
30年も、ものすごい量になっても相変わらずそれ以外の処方はなくって薬物依存で
身体がぼろぼろになるまでこき使って、もう、役に立たないから解雇ですって、
これじゃあ、本当にぼろぞうきんじゃない!


 あらためて彼女のカルテを眺めると生年月日欄に驚く私。当然彼女は60歳をはるかに
超えてると思っていたのだ。ドイツの定年は65歳だからちょっとくらい早く年金生活者になってもいいんじゃないかと思って彼女の年齢を確認してみたのだ。彼女はなんと年齢
54歳になったばかり。しわしわで鶏ガラのように痩せて見た目は70歳〜80歳の
よぼよぼおばあちゃんに見える。今どき80歳過ぎたって矍鑠(かくしゃく)としたお年寄りはたくさんいらっしゃるというのに。


 ため息ばかりがでる一週間だった。


(つづく)





                                          Magic Stop Motion  2     by Jiro Y.


2013年5月21日火曜日

メルヘン再び 〜そして言語が性格を作る〜

        


           メルヘンおばさんが久々にやって来た。





 でも治療ではない。クレームだった。
メルヘンおばさんことパンツェルさん(仮名)は昨年秋から冬にかけて20〜30回ほど
集中的に施術を受けにきた。そういえばここのところ見かけないなと思っていたが、その
からくりは単純なもので、彼女の保険会社がうちの治療費を負担する。そのやりとりに
気の遠くなるような時間を要するのでその間は休憩。全額支払われたらまたリピートで
やって来るの繰り返しなのだ。
彼女はなぜか(夫が米国人?)アメリカ国籍で保険会社もアメリカで、これがもう、面倒くさいったらありゃあしない書類の山を求めて来るのだ。もちろん英語で。
当然、私の上司は(ドクターよ)書類はダメダメ。英語もすみません、の人なので(私の
知らないうちに)事態は険悪なものになっている。


 そしてパンツェルさん、相変わらず信じられないほど口が悪い。私はアメリカ人の知人を持たないのでよくわからないが、この「テ」の「口の悪さ」は多く、ドイツ人の
「おばさん」に見られるものだ。本当の事なら何でもいえばいいってものでは
なかろうに。

 全く同情しちゃうよ、ドクター。


    『ドクター、あなたの書類、めちゃめちゃですよ。』


    『よくそんなんで医者が務まりますね。』


    『”恥”ですよ、全く。そんな言語能力で。』


    『これ以上、私をイライラさせないでください。』


アシスタントの私の目の前で罵倒を繰り広げる。さすがの私もあまりに先生が哀れで
応戦に出ようとしたその時突然、パンツェルさんは私に向かって日本語で語り始めた
のだ。


   『オヒサシブリデス。ワタシノテンシサン。アナタニアエテワタシハウレシイ。』




 以前、「メルヘンおばさん」で説明した通り、パンツェルさんは日本のアメリカ大使館にお勤めで日本語が出来る。おそらく彼女はいわゆる「語学のセンス」がある人なのだと思う。彼女の日本語は訥々(とつとつ)としたものだが、なんというか、抑揚とか発声とかがとてもお上手だ。ドイツ人や中国人のしゃべり口調は私の目から見ると、ちょっと
した時候の挨拶でも喧嘩をして怒鳴り合っているようにしか聞こえない事がしょっちゅうだが、日本語をしゃべっている時のパンツェルさんは半分歌うようなささやくような、
要するに日本人の発声だ。優しく淡く、しとやかで遠慮深い。



 二言三言、ドクターにドイツ語で毒づいたかと思うとドクターが黙った隙に


    『モウシワケアリマセン。オチャヲイタダイテモイイデスカ?』



 私はもう、戦意喪失でお腹を抱えて笑い出したくなったのだが、今、この状況の
コミカルを理解出来る人間は私しかいない。ああ、ドクター、あなたが日本語を解する
人ならばパンツェルさんの言語の使い分け能力のギャップを一緒に体験出来るのにい!


    『コチラノオカシモイタダイテイイデショウカ?キョウハイイテンキデ
    ナニヨリデス。ミナサマノオカゲデブジニシテイマス。デモ、モウチョット      オナカノシボウヲヘラシタイデス。』



 そう、現在の彼女の主訴は「肥満」。鍼を打ちに来る度に、でっぷりとしたお腹を
さすりながら、「鍼でこのお腹を平らにしてくださ〜い。」と無茶ともいえる要求を
出して来る。ううん、東洋医学に対する幻想だ。待合室で心行くまでおやつを食べて帰る彼女に治癒の見込みはないように思えるのだが • • • 。



     『とにかく、こことこことここ、今すぐ書き換えて再送してください。
     私はこれ以上、あなたのために時間を無駄にしたくないんですから
     もう、これで帰ります。
     (私に向かって)ソレデハサヨウナラ、ワタシノテンシサン。』



 きっと、この人、日本に住んでた頃はみんなに「いい人」って思われてたのかも。
少なくても日本語でしかやりとりをしなかった相手に対してはね。



 今日、改めて学びました。語学っていうのは単語を覚えたり文法を覚えたりするだけ
じゃないんだよね。言葉を学ぶ民族のキャラクターを受け入れるってことなんだ。



 日本語で話すように丁寧にドイツ語でしゃべってくれさえしたら、もっとずっと
「いい人」でいられるだろうに、パンツェルさん。




 そして我々は一人一人が「言語を担うもの」としての責任から逃れられないのだという事をひしひしと感じた事件でした。 








       An einem sehr schönen Sonntagnachmittag ある素晴らしい日曜日の午後に
                                   by Jiro Y.

2013年5月19日日曜日

南の島から来た彼女  28



    もう、これから空港へ発つという時にちょっとだけ立ち寄って
   くださったホーノルさん。村上春樹は読んだ事ないし名前も知らないって。
   よかった。
   




 飛行機の中の読書になるわって喜んでくださった。ホントに時間がなかったのだけど
待合室の椅子に座ったままでドクターが最後の挨拶に来られるまで10分ちょっとの間
指圧をしてあげた。



   『2年後に必ずまた来るわ。吉岡さんもそのときまだここにいらっしゃっるか
   どうか分からないけれど、でもお会いしましょうね。メルアドも持ってるし。』


と微妙な発言をして去っていった。まあ、2年後にどうなるなんて誰にもわからない
しね。でも、あれから1年。とりあえずまだ頑張ってここにいる私でした。




 彼女と会えなくなってしまってもしょっちゅう思い出す。行った事もない常夏の島。
それなのに不思議なくらい青い海や風の吐息や昆虫たちの姿が頭に焼き付いている。
彼女のドキュメントビデオをいっぱい見たからね。ああん、行ってみたいな南の島。


 ホーノルさんの明るさと実直さと優しさがまだ見ぬ島のイメージと折り重なって
いつもそこにある。来年、また会えたらきっとそこにはまた新しいドラマを一緒に
奏でる事が出来るでしょう。それまで、ホーノルさん、お元気で。



(おしまい)




              コスタリカの夕焼け






2013年5月18日土曜日

南の島から来た彼女  27




            村上春樹は魅力的な作家だ。



 私がこんなところであらためて論じるほどでもないが、ここドイツの本屋さんに
山積みになっている「1Q84」なんかを見ていると、いやはやすごい人気なんだなあ
とびっくりしてしまう。ハリーポッターか村上春樹かって騒ぎなのだ。誇張ではない。
人気があるだけでなく現代文学で数少ないホンモノの一人だ。
今、日本を知らない人に日本の文学を一冊紹介しろと言われても残念ながら店頭には
川端も三島も漱石もない。ダブル村上とか吉本ばなななんかは結構どこの本屋さんにもあるから喜ぶべきか憂うるべきか。で、一冊選ぶならやはり春樹さんの方となる。



 私の感じる村上文学の魅力と言うのは多様な「解釈の可能性」にあるのだと思う。
少しでも文学と言うものをシステマテイックにかじった事のある者ならば、彼の作品に
見え隠れする古典の香りに道標を見いだしてしまって「統一的な」「解釈」をしてしまいたくなる。しかもその道しるべが、また、多種多様で、そこに溺れてしまうのが
妙なる快感だという不思議な「新感覚」だったりするのだ。


 昔は、実は私は「アンチ」で、どうも、彼のそういうのが鼻について
しようがなかった。
はっきり、これは読む価値のある一冊だと思い知ったのは「ねじまき鳥クロニクル」だったっけ。そして彼の翻訳調の文体は海外で受け入れ易いものらしい。内容的に子供には不向きな箇所もあるけれど。余談だが私は「ハードボイルド〜」を日本語より先にドイツ語で読み始めて、後から原文で読み始めた時、日本語原文の、ある箇所を見て、『あっ、誤訳がある(!)』と勘違いしたという体験がある。あの原文の「翻訳調、というか翻訳節」はすごいものがあるのだなあ。


 でも、妙な小難しい事は考えても考えなくても、「1Q84」は読み流すだけでも
楽しい一冊だと想う。ホーノルさん、楽しんでくれたかな?



        カタルーニャ賞の「原発=核、ノーというべき」スピーチは
       感動的でしたね。



2013年5月17日金曜日

南の島から来た彼女  26




    これまでの人生でこれがホンモノの友情ってやつかなっと
   感じた事ってたくさんはない。ポイントはやっぱり「誠実さ」かな。



 べったりしてるのが友情じゃあない。離れてしまっても連絡が途絶えてしまっても
その人の想い出と心持ちが心の中の星になって輝く。普段の日常は目の前の事に
忙殺されてその人の事を想う事はなくてもふとした時によみがえる、こっちも
頑張っているよ、って声に出さずに呼びかける。そんな存在になれる人。だから、
たくさんはいない。




 ホーノルさんは帰国の準備で慌ただしい中、私に本を届けるためにだけ病院に
立ち寄ってくださった。でも私は仕事で忙しくってごあいさつできなかった。
ドクターが「明日出発だけど寄るって言ってたよ。」と教えてくれたので仕事が終わると
私もお返しにプレゼントの本を買いに本屋へ直行した。
やっぱり日本の作家がいいな。う〜ん、やっぱり「あれ」になっちゃうかな。


 ドイツ人が大好きな • • •




                                                     村上春樹 「1Q84」
 

2013年5月16日木曜日

南の島から来た彼女  25

 


               ホーノルさんが南の島へ帰る日が近づいていた。



 ところで彼女の病気はどうなったんだろう?始めて会った時からものすごく
元気でパワフルな人だったから何だかうちに何しに来てたんだかって感じだったけど
無事、高血圧症、頭痛、ともに完治。やった〜!まあ、高血圧は何かのきっかけで
すぐに戻ってきちゃったるするから予後を大切になさってくださいね。


 ドイツ語の本もなかなか読まなくなっちゃったわね、なんて言うから今まで読んだ本で
印象深かったお奨めの本なんてありますか?って聞いたら懐かしいタイトルを彼女は口にした。正確には彼女はタイトルは覚えていなくて内容だけかいつまんで私に話して聞かせてくれたのだ。残念ながら日本語訳は出版されていない。その本は抱腹絶倒のベストセラーで地元ミュンヒェンっ子なら一度は読んでみたいタイムスリップ•ロマン。


 実は私がミュンヒェン大学に留学生として滞在していた頃大流行りしていたのだが
とうとう店頭で買うことなく帰国してしまったのだった。うわあ、今こそ是非読んで
みたいです。題名、思い出してくださいよ。そしたらホーノルさん、今、すぐには
思い出せないけど次ぎに伺う時までに必ず思い出すと思うわっと言ってらした。


 その二日後、病院の受付に「吉岡さんへ」とカードを添えて一冊の本が置いてあった。





「過去の中国への手紙」


そう、題名は「過去の中国への手紙」。なんだ、今の私にぴったりなタイトル?
これは古代のある中国人がタイムマシンを発明して3ヶ月ミュンヒェンに滞在するという
小説。千年以上前の中国人の目から見たミュンヒェンの町並み、文化、生活が新鮮な視点で語られている。ミュンヒェンと言う発音をミン(明?)ヘンと解釈し、オクトーバー
フェストやオペラ座、ピナコテーク美術館など見どころ満載で楽しい楽しい一冊だ。
すぐに読了しました。


 タイトルを教えてもらえればそれで良かったのに。ありがとう、ホーノルさん。


(つづく)




2013年5月15日水曜日

南の島から来た彼女  24




   私のレポートを先生は面白く(良く言えば興味深く)読んでくださった。




 結果、彼の心にどれだけ私が踏み込めたかは未だもって分からない。なんだかスルー
しちゃった感もあるしなあ。でも、リードさんの浸食を食い止められた事だけは確かだ。
先生は何一つ教えてくださらないし、私もわざわざ尋ねたりしないしでまたしても
うやむやが増えてしまった?のかしら。いかんなあ、聞けばきっと包み隠さず教えて
くれるだろうに。でもリードさんがぱったり音沙汰無しになったところを見ると
やはり彼女との交友(と言う名の商売)を断ったのだと思う。


 で、結局リノベーションの話は振り出しに戻って、あんまり大げさな事はせず
問題のある箇所だけ集中的に部分的に行う事になった。


 なんだか仲間内みたいになっちゃったホーノルさんには、いつぞや女医の格好をして
現れた女性の正体をリードさんだとばらし、大笑いしたり、相変わらず南の島で繰り広げられる泣き笑いのドラマなんかを聞いたりしていた。


 ある時はホーノルさんが「いつもごちそうになっているお礼に」と手作りのお寿司を
持ってきた。彼女は約束したら有言実行の人なのでいつか来るかもと思っていたが
この時はうわわ、どうしようと内心アセった。だって彼女の得意料理は
「トロピカル寿司」だっていうんだもん。ネタはパパイヤ、マンゴー、バナナに
キーウイ、それからアボカド。
この中で私の許容範囲はアボカドのみ。わかってくれるよね。ううん、味見したら
褒めなきゃいけないのかなあ、いけないよねえ。これで友情壊れちゃったりして。
な〜んて思っていたら • • • 信じられない、ウマい!奇跡の美味さだ!!
本当に美味しかった。ごはんも上手に炊けていたし、いわゆる裏巻き(海苔を中にはさんで巻いて外側にごまをまぶしてある)の芯をマグロとマンゴー、またはシャケとアボカド、バナナに卵焼きなどにしてある。話を聞いたときはただのゲテモノだと思ったが
驚きの美味さだった。

(つづく)




           南国フルーツ実はあまり得意でない私
           自分でこれを素材にする自信は今もありません



2013年5月14日火曜日

南の島から来た彼女  23




           今度は私が頑張らなくっちゃ。



 ということでおうちでレポート作りに精を出す事にしました。(またしても家族は
ほっぽらかしなので彼らの我慢も限界か?)先生に宛ててね。タイトルは『心の中に
灯台を』。もし、私の仕事が医療アドヴァイザーでリードさんと同じ講習会をうちの
病院でする事になったら、私はどんな内容の講義をするだろうと思って。



 考えてみたんだ。あんなにキャラクターが明確で魅力溢れる人材が(先生の事よ、
もちろん)どうして、どこのポイントで自分を見失ってしまうんだろうって。
彼は自分が「路線」から外れる瞬間を意識出来てないんだろうかって。
いわゆる「天然キャラ」の人って言うのは自分のオリジナリティーを自然に出してるから
自信があるとかないとか普段は考えてないみたいに見える。
だから自分と身の回りで何が一番大切で何に気を使わなきゃあいけないのか、
「お金」は自分にとって何のためにあって何のために使うべきなのか、自分は「何」に
なりたいのか「どんな人間」になりたいのか、もう一度考えて病院の「羅針盤」を
しっかり作り直さなきゃいけない。とことん「出過ぎた」内容のレポートだけど
今回は本気でアシストしてあげようと思った。



   「あなたは自分のお葬式で患者さんからどんな医者だったと言われたいですか?」
   「あなたは自分のお葬式で家族からどんな父親だったと言われたいですか?」



 そんな質問から始めて「自分」と向き合う。そこから一つ一つおのれの価値観、人生観を構築していく。名著S•コヴイーの「七つの習慣」を参考にしたんだけど、うちの病院の進んでいくべき道をじっくり考えよう、という内容のレポートをまとめた。



                  名著です
 


            「原則」中心のリーダーシップ
                 「七つの習慣」より



 これは単なるお節介だ。私の気持ちが届いても届かなくてもいい。とにかく書いてみた。


(つづく)




2013年5月12日日曜日

南の島から来た彼女  22



    それがきっかけになってドクターは今回のリノベーションの件を
   積極的にホーノルさんに相談するようになった。



 今度はそれはそれでホーノルさんに頼り過ぎって感じだったけれど(なんといっても
彼女は素人だ。)南の島のペンション経営者として知る限りの情報や意見を分けて
くださった。彼女は会社勤めの経験もお持ちで、私と二人だけの時にはそういう
苦労話も口にした。彼女の会社はいわゆる叩き上げのワンマン社長の経営する中小企業で
彼自身の「腕」は良かったんだけど功名心が強くて大企業なんかからウマい話が来ると
後先考えずに(利用されてるとも気がつかず)飛びついちゃう悪い癖があって(あれ?
その話、うちと似てる?)結局、誰にも相談せずに勝手に一流企業と専属契約を結んだ後すぐに利用されるだけされてあとはポイ捨てでつぶれちゃったんだって。5人くらいしか社員のいない零細企業だったのに事の次第を正確に把握してる人は社長以外誰もいなくてつぶれるときはびっくりするくらいあっけなく倒産しちゃったって。でも失業しちゃったおかげ(?)でゆっくり時間が取れたので骨休めにコスタリカ島にヴァカンスに行って、同じくミュンヒェンから旅行に来ていたダンナさんと識りあって結婚して永住しちゃった訳だから人生何が起こるかわからない。



 まあ、とにかく、彼女が言いたかった事は企業だろうが病院だろうがたどる経緯は
似たものだって事。私は昔、日本の大企業で働いていたことがある。日本人なら誰でも
知っている有名企業だ。その頃感じた事、問題だと思っていた事は、今現在、
私が直面している「問題点」とは根本的に、そして本質的に異なっていると思う。
私が普段尊敬し敬愛している先生は、しかし経営者としては、ずぶの素人で頼りなく
しかも弱々しい存在なのだという事がだんだんと見えてきた、ということだ。


(つづく)



              トルトゥゲーロ国立公園





2013年5月11日土曜日

南の島から来た彼女  21




       そこで私は決心した。ホーノルさんに勇気をわけてもらったぞ。



 翌日、午前中少し空いた時間があったので思い切ってドクターのお部屋をノックして
みる。先生は相変わらず一人で机に向かって古典のお勉強をしていらっしゃった。


  『あのお〜、ちょっとお話があるんですけどお。差し出がましい事とは思ったん
  ですが。昨日、ホーノルさんが受付のリノベーションのことでおっしゃったこと
  なんですけど、私、彼女が言った事、全部、まるきり正しいと思うんです。
  これまで先生のなさる事に口出しするのは良くないんじゃないかと思って黙って
  たんですけど、リードさん提案の受付セットはまるでドイツの歯医者さんみたいで
  ちっともうちの持ち味が出ないと思います。
  あの、私、この間の研修の時にもたくさん色々な点でリードさんの意見に賛同
  出来かねる事があって、あの、だから、今、全部は言えないので今度まとめて
  きます。
   とにかく、出過ぎた事言いますけど、私の目から見てリードさんは自分の
  利益にしか目がいってなくて、うちの病院の事を考えて下さってるようには
  思えないんです。危険だと思うんです。リードさんのお話を鵜呑みにするのは。』




 すると先生は(なんたって私が自分の意見を口にしたのはこれが初めてだったから)
かなり驚いてらしたけどやがてゆっくりとこうおっしゃった。



  『心配しなくて大丈夫だよ。実はね、僕も昨日、ホーノルさんがああおっしゃった時
  突然バットで頭を殴られたようなショックを受けたんだ。目が覚めたよ。そう、彼女  はよくぞ自分の意見を言ってくれたよね。
  吉岡さんはうちのスタッフなんだからいつでも十分意見を言ってもらわなきゃ。
  遠慮しないでこれからもなんでもどしどし思ったことを言ってくださいね。』



 はああ〜、よかった〜。とりあえずあのきざでクールなデンタル受付の話はおじゃんに
することができたよ。ありがとう、ホーノルさん。


(つづく)




              コーヒーも美味らしい
 




2013年5月10日金曜日

南の島から来た彼女  ⑳




先生   『これを奨めてくれたのはね、医療施設アドヴァイザーの方なんだよ。
     プロフェッショナルのお墨付きなんだよ。』



ホーノルさん『それってドイツ人でしょ?趣味が悪くて美的センスゼロの。
      そんな人のアドヴァイスなんて聞く価値ありませんよ。』





         すっご〜い!!!言った〜!ストライク〜! 


 いや、そりゃあ、私だってそう思ってるけどね。あは!あはは!リードさんの事
何にも知らないホーノルさん、普段誰かの悪口なんて絶対おっしゃらないホーノルさん、
言うときゃ言うねえ。つまり、リードさんの悪口を言いたいんじゃなくって、話を聞いた瞬間、うさんくさいって感じたってことかな。




ホーノルさん『いいですか、ドクター。ここには、この病院には誰にも真似出来ない
      あなたのオリジナリティーにあふれたものが満ちているんです。
      それはあなたがたとえ逃れようと思ったって逃れられないあなたの
      人生の歴史と背景の集積なんです。どれほどの価値がそこに詰まって
      いる事か。そこから逸れてしまうものは例えどんなに偉い人の
      忠告でも取り入れる必要なんてないんです。』 




              感動した。


 ホーノルさん、あなたはホンモノだ。私は彼女の発言にただただ敬服していた。


(つづく)




                チャイロハチドリ

                

 

2013年5月9日木曜日

南の島から来た彼女  ⑲




     そんなこんなをつらつら悩んでいる間にも着実に時は経っていく。



 同時進行で私たちはホーノルさんと急激に親しくなっていた。私は私で四方山話で
病院の内輪の話を当たり障りない程度に話したりしていたし、ドクターはドクターで
今回のリノベーションの話を自慢半分で相談していた。


先生   『ね、見てくださいよ。今度受付を新しくするつもりなんですけど
     これってどうでしょうね。白くて大きくってかっこいいでしょう?』



 あ〜あ、始まっちゃったよ、って思っていたらホーノルさん、突然顔つきを変えて
決然と言い放った。


ホーノルさん『ドクター、あなた本気ですか?こんなことしたら今まで培ってきた
      この病院のこれまでを全て踏みにじってしまいますよ。』



         ええ〜??ホーノルさん、言っちゃったよ。


 たいがいのことをはっきりともの申すドイツ人だけど今回の件に関してはこのカタログを見せられたドイツ人は一様に、まあいいんじゃないですか的な態度だった。
まあ、他人事だからね。きれいになるし立派は立派だし。
まさか彼女がこんな事を言い出すとは私は予測がついていなかったのだ。


(つづく)



           マダラヤドクガエル  すごい色


 

2013年5月8日水曜日

南の島から来た彼女  ⑱



           私は悩み深い日々を送っていた。




 今回のリノベーションから始まった一連の「病院改革案」に私はとことん不満
だったのだ。特にリードさんがしゃしゃり出てきてからは全体の方向性とも言うべきものがとことん本質から外れているといわざるをえない。少なくとも私にはその確信が
あった。


           でもここは私の病院ではない。



 私は自分の性質上他人との境界線を踏み越えることにものすごく敏感な人間だ。自分が
領土侵犯される事が苦痛でたまらないから他人もきっとそうに違いないと思ってしまう。どれほど気が合わなくても、または大切な人に対しても基本的に自分の信念や意見を
押し付けることをしない。皆、それぞれ価値観や生き方がちがうからそれを尊重すべきだと思ってしまうのだ。
私はただのアシスタントな訳だから病院がどんなふうになろうとも自分の責務を淡々と
こなしていけばいい。それに病院という「いきもの」はそれ固有の「成長」や「歴史」と
いうものを持っているはずで私ごときが横槍を入れるべきではないんじゃないだろうか、
そもそも私が何か言って流れが変わったりするんだろうか?



 それでも私が最後までひっかかってしまったのは、実は彼らが中国人だからだ。
(過当競争をしなかった頃の)共産圏の人間だ。しかも国民服を来ていた時代の、
である。
私が職場でドクターと同世代の中国人を見ていて思うのは、私と比べて「世慣れ方」が
ものすごく「遅れて」いるということだ。そしてその事を心の隅で恥じらっていて
西洋人が「ドイツでは〜」なんていうと状況を冷静に分析する事なくひょいと流されて
しまうのだ。おい、診察や治療のときの威風堂々はどこへいった〜!



     誰かがそっと耳元でささやいてあげてもいいんじゃあないか。
    『あなた自身のやり方でいいんですよ』って。『自信を持って』って。 


 おせっかいが大嫌いな私。職場では無駄口、陰口をたたかないおとなしい私。まっ、
これはドイツ語で生活してるせいだけどね。日本語ならぺらぺら綾ちゃんなんだけど
職場では物静かが売り物のフラウ ヨシオカなのさ。


(つづく)



         おお〜!コスタリカ島周辺の海に泳ぐイルカたち




2013年5月7日火曜日

南の島から来た彼女  ⑰




    14時には終了するはずだった研修が終わったのは18時を超えていた。





 ああ、主婦失格、母親失格だあ!この一日の講習を通してわかった事と言えば
私の雇用主であるドクター一家の人たちが(というかドクターその人が)ガイジンの
価値観に弱いらしいということと、より「良い病院」を作るためにはたくさんお金を
かけて高級ホテルのような内装と備品をそろえこれまた高級ホテルのような応対、
マニュアル対応が求められるという事だけだった。



               ばっかみたい。



 生意気だけど私はわかっているつもりだ。良い病院、魅力的な病院経営のために
どんな努力が高いプライオリティを持っているのか。
 例えば私が初めてうちの病院に患者として電話をかけたときの事(4年前の事だ)、
病気の子供を抱える不安なママである私のかけた電話をとったのはうちのドクター本人
だった。

     『はい、ドクター ○○ 診療所。』


 さてみなさん、これまでの経験で病院に電話をかけていきなりそこのドクターが電話をとったという体験をなさった事がおありの方が一体何人いらっしゃるでしょう? 


     少なくてもドイツではありえないことだ。


 多くのドイツの病院では医者と電話で会話をする事に対して一分いくらで請求書が発生する。弁護士さんとかの法律相談みたいにね。リードさんもうちのドクターが気軽に
電話をとる事に対して「絶対やってはいけない事」と定義づけた。医者のステイタスに
関わるから。
だから私は初めて彼と会話をした時(先生はもちろん覚えてらっしゃらないだろう。
単なる料金問い合わせと予約の電話だったからね。)猛烈に感動したのだ。ここは
普通の病院じゃあないって。



 そういう、ちょっとしたキラキラ光る感動をどんな風に積み重ねていくかに全てがかかっている。リードさんのおっしゃってる事がわからない訳ではない。例えば衛生面を
ドイツのトップレベルに持って行く事(これはハードル高い)人員 • 労働条件を
そろえる事、そういった外的条件をあくまでドイツ人から見て「うわっ、中国人!」って卑下されないレベルに引き上げるのはものすごく重要だ。でもこれがトッププライオリティーではない。ましてやドイツ人の価値観にのっとって権威付けをしたりドイツ人の好きそうな細部にこだわった統一感を演出したってそれはドイツの病院の物まねにしかならない。その人にしか出来ないやり方を見つけるしかないのだ。それが本来どれほど困難を伴う事か。(そしてうちの先生がな〜んも考えずにどれだけそれをいとも簡単にこなしていることか。)


(つづく)




        さて、コスタリカのホーノルさんがちっとも登場しません。
        彼女はどうなってしまったのでしょう?



2013年5月6日月曜日

南の島から来た彼女  ⑯




         二度目の中断に至っては喜劇そのもの。



 お昼ごはんのあと(私がお家から手まり寿司、ポテトサラダ、春雨サラダを
作って持ってきた。あと中華の店屋物を取って豪華昼食。)ドクターがお嬢さんの
愚痴を言い始めた。医学部志望のお嬢さんも後学のため参加していたのだ。16歳。



先生『全くうちの娘は毎朝登校前最低30分は化粧室にこもって化粧に精を出して
  るんだ。30分といっても最低だよ。若い娘がてかてか化粧になんぞうつつを
  抜かしてニキビを隠すのにやっきになっとるんだ。毎日そんな事に時間を浪費する
  暇があったら野菜をもっと食べて運動でもすりゃあいいんだ。そうすりゃあ
  便秘も治る。』



          その瞬間、場の空気が変わった。



お嬢さん『便秘だなんて、私がそんな事になったりしている訳ないじゃないの。
    パパったら医者のくせに娘の体調一つ解らないなんて!
    だから私は具合が悪くなったって絶対パパにはかからないのよ!!!』


 そう言い捨てると彼女はわっと泣き出して台所へ入って中からとおせんぼをした。




 その時にはすっかり自分は泣き止んで気分も直っていた奥様がため息をつきながら
おっしゃった。


奥様『全くうちの主人ったら、「打ってはあやまる」の繰り返しだわ。自分が医者な
  もんだから患者さん相手に何でも質問するのに慣れてて女の子の恥じらいってのが
  わかってないのよ。みんなの前で、この娘は便秘ですって紹介される方の気持ちは
  さっぱりわからないんだから。』



      そう、本当の事は決して本人の前で明かしてはならない。
     他人がいるならなおさらだ。


 お嬢さんは30分ほど台所に居座った後、あろうことかトイレに河岸を変え(!)
また30分ほど滞在しドクターに謝罪を重ねさせた。



 そう、馬鹿みたいで、はた迷惑な話だ。


(つづく)


        手まり寿司は簡単で豪華っぽく見えるので良く作ります。




2013年5月5日日曜日

南の島から来た彼女  ⑮



      『私には無理よ。私はずっと学者生活だったんだし
      ここでも私の仕事は薬草管理と会計で今は忙しいときと
      吉岡さんがいない時にピンチヒッターで受付に座っている
      だけなんですもの。』



 奥様は泣きながらおっしゃった。リードさんは高圧的に私たちに接客応対の
マニュアル通りに対応する事を求めた。にこにこ笑って相手の目を見て一問一答
マニュアルに沿って受け答えしなければならない。発音がダメ、イントネーションも
おかしい、目が笑っていない、などと次から次に奥様を責め立てた。エレベーターガールとか(日本には今でもいるのだろうか?)ホステスとか(日本語のホステスって本来の
意味からずいぶん離れてるけど)みたいになれってことみたい。


 リードさんが奥様をあんまり責め立てるから(ドクターまでおい、もっとちゃんとやれ的な態度で誰も彼女を助けようとしない)さすがの私もふだんのちんとしてる態度を
なげうって応戦に出た。


私『ちょっと、いくらなんでもそれは言い過ぎじゃあないですか。誰だって得手不得手
 はあるわけだからいきなりそんなに責めたって急に上手くなんかなれないですよ。
 こんなトレーニングしなくったって奥様はとっても接客上手だし(ある意味私より
 ずっとお上手)苦手なところはいかにもチャイニーズらしい印象を与えて
 素敵なんですよ。どっちにしても泣かせるまで責めるなんて間違ってます!』




 吉岡爆発火山と相成りとりあえずこのテーマはあと自習ということになった。



 ちなみにここで私が怒って奥様をかばった事がきっかけで以後、奥様は私の事を
とても大切に想ってくださって現在に至っている。



(つづく)





           コスタリカ料理ガラスに盛りつけられているのが
           魚介のマリネ。中央が主食「ガジャピント」お米と豆の煮込み。
           手前がトルティージャ。


2013年5月3日金曜日

南の島から来た彼女  ⑭



 今、あのときの研修の一日を振り返っても、まあなんという無駄な一日を過ごしてしまった事だろうと思わざるを得ない。


 2回、大きな中断があった。それで午前中の予定が結局丸一日かかってしまった。
家族が怒っても仕方ない。そもそもドクターはなるべく早く終わらせたかったので
朝の早い時間に始めたかったのだがリードさんが「土曜日は朝寝坊をしたい(!)」の
一言で10時開始。信じがたい事に、「こうしたら途中で昼食休憩をはさめるから。」
だって。もちろんうちの病院にごちになるつもり。私はドイツで今まで色んな講習会を
受けてきたけど講師が生徒に昼食をごちそうになるなんて(はっきり最初からそれを狙うなんて)ただの一度も無かったよ。必ず各自払いで外に食べにいく。
先生の奥さんは週末に病院を開けるときは料理はなさらない。(中華の)店屋物を取る。
どういう了見だ!?


 最初の中断はとんでもないことがきっかけだった。
先生の奥様が受付応対および電話応対のトレーニングに上手くついていけなかった。
何と言っても全部ドイツ語。スマイル。丁寧な抑揚、丁寧な物腰、そして正しい
ドイツ語。奥様は元々学者肌で(北京大学の薬学博士だ)商売っぽい人ではない。
その割に意外と社交的で、発音は良いと言えないけれどものすごくぺらぺらしゃべれる。
リードさんはその彼女にダメだしを出し続け否定し続けとうとう終いには泣かせて
しまった。



(つづく)




              コスタリカ島の夕焼け




2013年5月2日木曜日

南の島から来た彼女  ⑬




    微笑みを絶やしてはならない。患者さんはあなたの「機嫌」などに
   興味は無いのだ。スマイルの練習。電話応対。明るい声で正しいドイツ語。
   問い合わせの電話をどうやって「予約」にまで導くか。とてもお高い
   うちの診療&治療費の「案内」をいかに巧みに行って何とか一度試してみよう
   というところまで持って行かねばならない。




 正直、研修の全てが私には陳腐で退屈だ。マクドナルドじゃああるまいし。私は
サービス大国からやってきた日本人女性だ。どこへ行っても最悪のもてなししか出来ない
アンタたちにご講義受けるとは笑止千万。ドイツ人でサービス指導する立場の人は全員
一度は日本に旅行すべきだ。


 私がこんな事思うのは思い上がりかもしれない。でも今日この時間で課される課題を
私は全て難なく満点クリア。私じゃなくったて大抵の日本人でサービス業を経験したこと
ある人なら誰だって優等生だよ、こんなの。私はもともと商売人の娘だしバイト経験
だって豊富なんだから。



 もう一つ生意気を言おう。リードさん、アンタの言う通りにしたって売り上げは
伸びないよ。どうして解らないんだろう 。歯がゆくってしょうがないよ。
うちの病院が上手くいっている理由はひとえに「人間力」だ。うちの先生の
圧倒的なキャラクター。どれだけ長くドイツに住んだってドイツ語がぺらぺらになったってドイツ人の国籍を取得したって、逃れようとしても振り払う事の出来ない大陸の香りと
悠久の中国文化。その魅力に惹かれて人々は集まって来る。こんな事誰にだって出来る事じゃない。中国人なら誰でもがオリジナルの香りを醸し出せるという訳ではない。
医師として腕がいいというだけでなく中国の匂いをぷんぷんさせるという事について
彼は天才的なのだ。もちろん何の努力も無しに。
日本人の私に彼の助手が務まるのはおそらく現代中国が失ってしまった古典の香りを
むしろ理解して素直に尊敬出来るから。日本の漢字はむしろ現代中国語の文字よりも中国古典に近い。中国人の若者の大半は黄帝大経(こうていだいけい、中医学の古典)どころか杜甫も李白も史記も三国志ももちろん読めない、どころか内容的にも何を知っているかかなりアヤシい。ここらへんは日本人だって同じだと思うかもしれないけれど、中国の場合は国策として意識的に古典をぶちこわす教育を行ってきたからね、もっと極端なんだ。


 とにかく小手先のテクニックで価値が計れるなんて、そしてそんなつまんないことを
90万円もかけて説教しに来るなんて信じられない。




(つづく)


            スマイルが大切なのは本当。でもね