2013年6月3日月曜日

営業 〜其の四〜





           月曜日の事だ。




 私の出勤時間は「最初の患者さんの予約の30分前」、予約が入っていない場合でも
8時には電話受付をするので遅くともそれまでには仕事を開始する。
でも月曜日はいつも用心してかなり早めにやってくる。経験上、土曜、日曜に「何が」
起こっているかわからないからだ。ミステリアスな病院だ。ドクターは大抵、土日も
病院に一人こもってお勉強してらっしゃるので電話をとったり急患の時には診察したり
している。私が月曜の朝出勤すると、先週の金曜日に私が事前に準備していたもろもろが
何もかも水泡に帰してしまっている事が山ほどあるのだ。
週末の間に工事が入っていて廊下がぐしゃぐしゃだった事も何度もあったし週末の土曜日にドクターが思い付きで色々な買い出しをしてらしてそれらが散乱している事とか
お客様が来たのか派手な飲食の形跡が残っているとか数え上げれば枚挙に暇が無い。




 その日も少し早めにやって来た。ある程度散らかってはいるものの真っ青になる程ではない。ほっと胸を撫で下ろしながら今日の予約一覧表に目をやる。週末の間に突然月曜の予約がいっぱいになっている事もある。白衣に着替える間もなく患者がわんさかやって来る事があるのでとにかく気が抜けないのだ。うん、今日は大丈夫。あれ、これ、何だろう。お昼の12時にHot Wokって記入がある。ホット ヴォックっていうのはドイツの
中華料理デリバリーチェーン店だ。(バイエルン州のみだと思う。)結構味が良くって
うちの病院も週末なんかに仕事のときはいつもここのお店から店屋物を注文する。
あれ?今日はお昼ごはん店屋物なのかな?
奥様病気とかかしら?急なご用事で今日は病院にいらっしゃらないってことかな?
だったら私は一人でごはん済ませるからいいのに。


 そう思いつつもそのあと結構忙しくなってホットヴォックの件は忘れていた。12時になってから、あらら、先生、フリーダイヤルに電話するおつもりかなっと思って「私の分は要りませんよ。」って言おうとしたその刹那、ドアが開いて新患さんが入ってきた。
おっと、注文どころじゃないよ。でも誰?この人?アポ無しの急患?



    『ワタシノナマエハ ○○デス。キノウ、ドクターニイワレテ
       ヤッテキーマーシーター。』



 のけぞる私(心の中でね)。でたよ。こいつがミスター ホットヴォックか。
なんて事は無い、昨日先生は客人を交えて店屋物を取った。そして配達に来た彼と言葉を交わすうち仲良くなって、健康相談から診察の予約へと発展したのだった。
ところがベトナム人の彼の名前は知らないので予約欄に店の名前を書いたと言う訳だった。先生の奥様はいつもどおり13時にお弁当を持っていらっしゃった。
ホットヴォック氏の話題を出すとにこにこ笑いながら『そうそう、昨日、あの配達のお兄ちゃんと仲良くなってねえ。』と事の顛末を語ってくださった。



 そういえばこの間からドクターご一家のご贔屓にしている中華料理屋さんのご主人(兼
シェフ)もやって来てる。もちろん中国人。私はこの店にはまだ行った事無いんだけど
(家から遠い)彼らの話によると、この店には「裏メニュー」なるものが存在していて
前もってリクエストを伝えておくとオリジナル中国の料理を用意してくれるのだそうだ。
つまり、表向きメニューに書いてあるのは全部ドイツ人用のごはんで味付けも
ガイジン向きにアレンジしてあるんだって。そうそう、ドイツの中華料理屋さんのごはんと日本の中華料理、ずいぶん違うもの。私が病院で食べる中国人が中国人のために作ったごはんがきっと「正解」なのだろうがこれはどっちとも違うなあ。




 食文化交流会。うんうん。っていうかお互い営業し合ってるなあ。





        

          Hot Wok  お寿司もやってます。
           


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