ちなみにこの彼女は母親として、主婦として、優秀で立派な方だった。
申し分ないほどに。綾ちゃんなんかよりずっと真面目でむしろ生真面目すぎる
くらい。家族を愛する気持ちやご主人を盛り立てようとする態度、お子さんを
愛しサポートする姿勢は文句のつけようがなかった。例えばご主人が
出張で不在の時など、同じ職場の他の奥様たちはこれ幸いとばかりに
奥様たちで小旅行に出かけたり小パーティーを開いたりして普段の
憂さ晴らしを兼ねて息抜きしたするのが通例だったけれども彼女だけは
「万が一の時に私が遊んでいたなどということになったら言い訳のしようが
ない」と決してそういう仲間に加わったりしなかった。
ヒーラーの彼はこの彼女の普段の姿を知りもしないでなぜここまで
彼女を責めたのだろう?綾ちゃんが自分のセッションがなんだか外れてると
思ったのと同様、単に彼女に対してもとんちんかんなことを言っただけ?
かしら??
もう一度彼のところに取って返してあの時の本意を聞くわけに
いかないから綾ちゃんの想像で言うしかないことだけれど、彼の叱咤は
彼女の生来の特質に対して向けられたものではなく、彼女のスピリチュアルへの
態度(または社会的認識というか)に向けて発せられた言葉だったような
気がする。
綾ちゃんは、自分のために行ったセッションがどうもちゃんと的を得て
いないと感じていたがそのあと、彼女の通訳がうまくいかなかった一件が
全くもって痛恨の一事として生涯忘れ得ぬ思い出となった。そして、
全体として2つのセッションは綾ちゃんのためにはとても勉強になったと
感じていた。もう、二度とあのような「甘ったれた」仕事はすまいと。
その意味であの彼にとてもとても感謝しているのである。
激しい思い込みかもしれないけれど、あの時の体験は綾ちゃん的には貴重で
つながりのあるものだったと感じている。
彼女は主婦であり、母であるその領域では申し分ない方なのだが
自分の興味や趣味の対象を社会的に役立てようとするならば、平たく言うと
それで仕事にしようとするならば全くのど素人というほかはなかった。
そしてそのこと、つまり、社会人としての自覚や覚悟の不足を知らしめた、
ということだったんじゃないだろうか。
つまり、彼女と綾ちゃんは二人セットで「甘ったれた主婦根性」を
叩き直されたということなのかな、と今では思っているんだ。
結局2年連続でオクトーバーフェストには寄り付かなかった
綾ちゃん。地元民になると行かないものです。
今年はテロを恐れて行かないほうがいいと言ってる人が多かった。
何事もなく無事に終わって本当に良かったです。
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