その日は朝からミュンヘンの地下鉄で停電騒ぎが起こり、
市内の交通網は混乱を極めた。
その混乱の中、ひとり綾ちゃんは二時間ほど何食わぬ顔で自分の仕事を
黙々とこなしていた。郊外電車通勤の綾ちゃんは市内のドタバタとは
無縁で、この日は時間に余裕を持って家を出たので乗り継ぎの地下鉄も
その時点では動いていたのだ。
ドクターは来ない。患者もいない。
ただそれぞれ色んな人から電話はかかってくる。
『○○の駅で立ち往生しています!』
とか
『代替バスに乗ったらものすごく遠回りで・・・』
とかね。だから綾ちゃんはそれぞれに電話口で
『まあ、それは大変。うちは大丈夫ですからね。
お怪我なさらないように。慌てなくて結構ですよ。
後ほどお会いしましょう。』
なあんて受け答えをしていた。
こんな日は後から患者さんがいっぺんにどどんと押し寄せて来て、
戦争状態に陥ることはわかっている訳だから及ばずながらも少しでも先の
準備をしておこうと、とたとた仕事をしておった訳です。
するとだんだんと、来た来た!一人、また一人と順不同でゴールイン!
おお、その中にはドクターのお姿もあるじゃあないか。
よっしゃあ。いっちょう、頑張ろう!
患者さんは皆、口々に
『本当に申し訳ありません。』
『ご迷惑おかけしまして。』
と 謝って下さるので恐縮だ。よくものの本に「ドイツ人は絶対謝らない」とか
書いてあるけど、それは裁判に発展したりする責任を問われるシチュエーションなどの
話で、今みたいな礼儀を問われる場ではみんなびっくりするほど何度も何度も謝るよ。
悪いのは地下鉄の営団だか電力会社か知らないけど、とにかく患者さんじゃあ
ないのにね。
とにかく皆さん、ゆっくり落ち着いてお茶でもどうぞ、なんてやってたら、
「あの」おばあさんが現れた。ああ、ああ、もう、顔が怒ってるよ。おもいっきり。
さて、綾ちゃんどうしよう?
イザール川の風景
photo by Jiro Y.
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