ふと、違和感を感じた。なんだかおかしい。
綾ちゃんはいつものように炊事をしたり(放っておくと
不健康なものばかり食べたがる子供のために工夫してお野菜を入れ込む)
綾ちゃん出来ないくせにフランス語の単語や文法をチェック(お勉強の出来ない
二男に復習させるため。長男の時もラテン語でいつも苦労しながら手伝った)、
それからバッハのチェロスイートのお手本探したり(以前は音楽を手伝うのは
夫の役だった。今はど素人の綾ちゃんにお役が回ってきてちと荷が重い)
しながら何が間違っているんだろうかと不安を覚えた。
独立独歩の長男は思春期も卒業して母親に全ての面で介入されるのを
嫌うから(その割に突然頼ってくることもあってややこしい)普段は
なるべくそっとしている。男の子なんてこんなもんなんだろう。
ママっ子の甘えん坊は二男。だからこのところ綾ちゃんがあれこれ
世話を焼くのは大抵下の子のことなんだけど、、、どこがおかしいんだっけ?
ん?綾ちゃん、今、何してるんだっけ?料理?何のために?
食べる人もいないのに?フランス語?何でアイツ、学校になんて行ってないよ。
だって、、、チェロ?チェロなんて今更聴いてどうするの?綾ちゃんはチェロなんて
弾けない。うちにチェロなら一台あるけど。でも誰も弾かない。
弾く人はいない。だって、、、。だって、、、。
そうだ。彼は死んだんだ。
一瞬のうちに奈落の底が綾ちゃんの胸に蘇った。
信じられない。綾ちゃんの意識がこの厳然たる事実を拒むがあまり
一瞬先には息子の死を受け入れまいとしてついつい目を背けて
以前と同じ生活に戻ろうとしてしまう。現実に戻ると突然恐ろしい虚無感に
支配され息をするのも苦しい。一体いつ?いつ彼はいなくなってしまったんだっけ?
もう数日は経ったはず。今日はお葬式をあげる日だった。あれから何度も
記憶喪失に陥っては現実に戻り、を繰り返している。いや、やっぱり
受け入れられない。全てがあまりにも突然で悲惨な最期だった。
あれが彼の運命だったなんて、、、。
綾ちゃんはふと静かに佇む長男の姿を目にする。じゃあ、この子は何者だろう?
いや、やっぱりおかしい、、、。
まてよ、昨日、誰かが綾ちゃんにしつこくしつこく新しいスマホを買えと
迫っていたっけ。長男はすでに持っている。奴じゃない。
スマホ、スマホ、スマホ、、、。これは何かのキーワードだ。
あいつだー!二男だー!生きてるぞ!つまり、今は、これは、、、
夢なんだー!!
ハッと目をさますと綾ちゃん、大泣きしていた。
ヴィクトリアン マルクトのマイバウム。
クリスマス仕様ですかね。イルミネーションか綺麗でした。