2012年12月18日火曜日

シャボン玉 飛んだ ⑥




    私はたいていおじいちゃんやおばあちゃんの患者さんととっても気が合う。





 自分の両親と同じ年代だからというだけじゃなく「古き良き時代の」人々だからだと
思う。私が日本でドイツ語を習っていた頃ドイツはこんな国あんな文化だと教わった
その時代背景を担って来られた方々だからね。



 私はもともと文学畑の出身だから一通りのドイツの文学の知識がある。これが
おそろしいほど、私と同世代以下のドイツ人の人々とは趣味が合わないのだ。


 どうしてドイツの小学校の教科書にドイツ文学の「名作」がどこにもないのか
ものすごく不思議だった。ドイツでは小学校は4年制なんだけど、10歳にもなれば
良質の文学書はいろいろある。初期のヘルマン•ヘッセとかエーリッヒ•ケストナーとか。
ミヒャエル•エンデだって素晴らしい作家だ。もちろん。でもそんな「スタンダードな」
作家はどこにも出て来ない。父母会でこの話題を二度ほど出したことがあるのだけれど、誰も相手にしてくれなかった。ママたちは受け持ちの先生の評価だとか進学のことには
興味あるんだけど目の前の教科書の内容にはあんまり興味ないみたい。



 ハルさんにこの話をしたら、もう、ものすごく賛同してくれた。私はやっと私の感じていることを理解してくれる人が出来て嬉しいのなんのってなかった。



『それはやっぱり、第二次大戦の後遺症ってやつだなあ。』ため息をついて彼は言った。
『ナショナリズムのにおいがすることに敏感なんだよね。お役所の人たちは。私たちの
世代はゲーテのファウストを暗唱したり、トーマス•マンを読んだりしていたものだけど
今の人たちは昔風の「ドイツ的」なものは何でもかんでも「ハイル•ヒットラー!」に
繋がると思ってアレルギー的に避けちゃうから結果的にこうなってしまった。
ドイツ人が今は一番ドイツの芸術の美しさを分かっていないのさ。
嫌な時代になっちゃったねえ。』



 そう言いつつ空を仰ぎ見たハルさんの青い目を細める仕草が印象的だった。



(続く)



 

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