2016年3月18日金曜日

カート



     それにしてもZおばあちゃんを象徴する買い物カート。肌身離さず持ち歩く。
    ごたごたした雑貨しか入ってないように見えるんだけどそんなに大事なのかな?
    トイレに行く時まで持って入るし治療中も絶対目の届くところに置いているし
    うっかり触ろうものなら大騒ぎされそう。



     先日、治療の終わり頃になって指の痛みを別件で突然訴えたおばあちゃん。
    そうかい、そうかい、って言ってドクターは湿布薬を貼ってあげようと
    治療室へおばあちゃんを連れて行った。が、一、二分もせぬうちどたばた
    駆け戻ってきて




     『誰も触らなかっただろうね。これは私以外の人が触ることは
     許さないよ。』




     いや、誰も触りたくないと思うってツッコミはもちろん綾ちゃんの
    心の中だけにとどめておいてる間に当のおばあちゃんはがらがら
    カートを押して戻って行った。やっぱりあのカートを命のように
    大切にしてるんだ。




     でもそれ以上特に思索にふけることもなく綾ちゃんは別の仕事に
    没頭していた。



     そうこうする間に、手に湿布薬を貼ってもらったおばあちゃんは
    またがらがら出てきて受付に座っている綾ちゃんを認めて突然説明
    し始めた。



      『私はね、誰のことも信用しないのさ。人間ってやつはとんでもない
      からね。何が起こるかわかったもんじゃない。だから私は自分の
      所有物を全て必ず持ち歩いているんだ。絶対に誰にも私の持ち物を
      盗ませないよ。』





     ひえええええ〜!!そっ、それで歯磨き粉からパンツまで24時間
    持ち歩いているんだ!それってまさしく浮浪者生活じゃん!





     おばあちゃんは大方抜けてしまった少ない歯を綾ちゃんに見せて
    にやりと笑って見せた。



     それは多分、綾ちゃんの見た初めてのおばあちゃんの「笑顔」だった。






             

           随分春っぽくなってきました。綾ちゃんちの
          玄関前に咲いていたただの雑草。高山植物っぽいね。


           


     

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