2012年11月3日土曜日

メルヘンおばさん  1⃣





    彼女との出会いは最悪だった。



 正確に言うならば、私は彼女に偏見を抱いていた。ここ数ヶ月の
彼女と先生との間に起こったトラブルの全貌を知っていたからだ。


 私の前任者はドイツ人だったのでドイツ語の書類関連は全て彼女がやっていた。
彼女が29歳にして医学部入学を決め、去っていったあと難しい書類をお忙しい
先生がこなさねばならなくなった。なんといっても私は右も左もわからなかったし••。
うちの先生はドイツ語はぺらぺらだが書くのは苦手だ。もちろんドイツの大学で
医師免許をもらっているから最低限以上のレベルだが、『医師』のステイタスに
見合ったインテリジェンスなドイツ語を書けるかというと、それは望むべくもない。

今回の一件は、書類のことで先生の対応がもたもたしてしまい、いよいよ険悪な
感じになってきたタイミングで私がヘルプに入り、稚拙ながらもなんとか
まとまりをつけた、冷や汗をいっぱいかいていっぱい嫌みを言われた事件だ。
もちろん非は全てうちにある。




 その、いっぱい嫌みを言い放った彼女が私の目の前にやって来た。




『あなた、名前はなんていうの?』
『ヨシオカです。』
『あら、日本人。で、下の名前は?』
『アヤコです。』
『アヤコ ヨシオカっと。ところであなたはドイツの正規の医療補助
教育というものを受けているのかしら?』
(いや〜、イタいところをつくねえ。)
『あの、それはどういった意味でしょうか?わたしは自然療法家養成学校を
卒業していますので医学の基礎知識には問題ないんですが。』
『ふん、自然療法家養成学校。それはドイツの学校なの?』
『ええ、そうです。』(だから、何が言いたい訳?)
『つまり、その学校ではドイツの病院で発生する書類の書き方なんかを
ちゃんと教わるのかってききたいのよ。請求書とか医者の申し送り書とか、
そういうやつ。』
(やっぱりそうきたか。ちなみに診療所で発生する最低限の書類の書き方は
習います。)
『はい。ただ、ここはプライベートの病院なので保険計算などは関係ないので
いわゆる医療事務の知識は要らないんです。』
『だいたい、こちらの先生もカリンさん(私の前任者、仮名)の後任でよりにもよって
日本人なんか入れることナインじゃないの?どうしてドイツ人じゃないのよ。
おかげでこの間の書類の一件はさんざんだったじゃないの。まあ、あなたに言っても
仕方ないわよね。悪いのは全部先生だもの。私、どうしても先生に直接会って
もの申したいのよ。なんとか替えられないものかしら?』



 それってここの病院における私という存在の全否定??
『替える』って私を誰かと取り替えるって意味?
返す言葉もなく立ち尽くす私。そこへ先生がやって来た。



『やあやあ、パンツエルさん(仮名)。
この間はすまないことをしてしまいましたね。』
『すまないどころじゃありません!私はここの病院のアシスタント
採用基準について是非先生とお話ししたくて来たんです。』
『まあまあ、まずはお茶をいれますから私の部屋でお話しましょう。
(私に向かって)吉岡さんは1号室の患者さんのお灸をしてあげて。
下腹部と足の腎経ね。』
『はい。』


 20分後、お灸が終わって受付に戻ってくると先生がずいぶん沈んだ様子で
座ってらっしゃった。こってりしぼられたみたい。



 さて、ところがこの15分後に私はこの患者さんとものすごい
仲良しになります。


話が長くなるので続きは明日のお楽しみ。

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