2013年5月22日水曜日

愛を語り終えるとき  ①




   これまたリピーター特集だがジェレミーさん(仮名)が先週、突然連絡してきた。




 ジェレミーさんと言えば「そこで語るな!愛の言葉を」で紹介した方だから
初診は1月。そのあとやっぱり身体が持たなくって心臓を悪くして入院してらした。
このたび退院して職場復帰、ついでにうちにもリピートということらしい。



 夕方私が帰宅した後電話してそのまま駆けつけたらしく、翌日書類を見て彼女が来た事を知った。わりあい落ち着いた感じだったって。薬物中毒の彼女。彼女が入院してからも
折に触れては、彼女の事を思いだしていた。あまりにも症状が重かったからね。そうか、
少し良くなったか、ほっ。


 • • っと思っていたらやっぱりこれは楽観的観測というやつだった。30年にわたる
薬物中毒だもんね。彼女が来るととにかくドクターは彼女にかかりっきりになるから
他の患者さんのケアをほとんど私が任される事になる。それでも聞こえて来る、
ジェレミーさんのうめき声やら叫び声、幻聴、うわごと、とにかく泣きわめく。先生は
何とか彼女にごはんを食べさせようとしておかゆを用意する。茶碗に半分くらいの量だがひとさじひとさじ先生自らジェレミーさんの口に持っていく。彼女は先生の事を
「愛して」いるため(?)全て先生からでないとだめなのだ。私が世話を焼こうとしても全部拒否する。



 彼女一人いるだけでうちは戦争状態だ。かくしてその日の午前中はジェレミーさんに
明け暮れぐったりしてお昼休みに突入。先生が珍しく『吉岡さん、今日は一緒に
お昼ごはん食べよう。』とおっしゃるので(いつも交代で昼食をとるから患者さんと
一緒のとき以外はばらばらに食べている)ちょっぴり緊張して席に着いた私だが、先生は私に気を使う様子もなくむっつり黙りこくってらっしゃる。


私 『先生、お疲れのご様子ですね。』
先生『うん。ジェレミーさんね、今週いっぱい、つまり金曜日までに病気を治さないと
  職場を解雇されるって上司にいわれたらしいんだ。それがストレスになってあんなに
  気が狂っちゃってるんだ。やっぱり彼女が気がかりでね。』




 彼女はミュンヒェンの国立大病院の救命救急病棟の最前線で働く看護婦さんだ。
もちろん現在の状態ではただの足手まといに違いない。



 でもね、でもね、こんなに酷い状態にしたのは一体誰なの?家族を事故で失って
心身症に苦しんでいる彼女を「独身」に戻ったからって夜勤だらけのシフトで働かせて
具合が悪いとほいほい精神安定剤を処方してたのは職場のドクターたちなんだよ。
30年も、ものすごい量になっても相変わらずそれ以外の処方はなくって薬物依存で
身体がぼろぼろになるまでこき使って、もう、役に立たないから解雇ですって、
これじゃあ、本当にぼろぞうきんじゃない!


 あらためて彼女のカルテを眺めると生年月日欄に驚く私。当然彼女は60歳をはるかに
超えてると思っていたのだ。ドイツの定年は65歳だからちょっとくらい早く年金生活者になってもいいんじゃないかと思って彼女の年齢を確認してみたのだ。彼女はなんと年齢
54歳になったばかり。しわしわで鶏ガラのように痩せて見た目は70歳〜80歳の
よぼよぼおばあちゃんに見える。今どき80歳過ぎたって矍鑠(かくしゃく)としたお年寄りはたくさんいらっしゃるというのに。


 ため息ばかりがでる一週間だった。


(つづく)





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