2013年5月23日木曜日

愛を語り終えるとき  ②



          恋愛転移というらしい。フロイトの言葉だ。




 要は治療をを受ける立場の人と施す立場の人が互いの「接近度」を「勘違い」して
恋愛感情へと移行していく事を言うようだ。まあ、恋愛というものがそもそも勘違いだと言えなくもないのだが、こんな「用語」が存在するからにはこういうことって結構、頻発
するのだろう。身寄りもない寂しい薬物中毒患者のジェレミーさん。職場からも見捨てられそうなジェレミーさん。たった一人の甘えられる対象がうちの先生なんだね。だけど
うちはただの町医者、彼女のケアはうちの「守備範囲」を超えている。とりあえず
自分の足でうちまで治療を受けに来れる限りは我々としても最善を尽くすけれど
彼女の治療中は私も、いつ救急車を呼ぶ羽目になるかと気が気ではない。




私 『彼女にとって先生は最後の「救い」なんですよねえ。』
先生『いや、いや、いや。もう、これ以上はしてあげれる事がなんにもないんだ。
   彼女は生き延びれるかどうかの瀬戸際だよ。』
私 『私も彼女はうちに来るよりも入院設備のついた専門病院に行くべきだと思います。
   万が一の時、彼女は自分で救急車を呼ばなきゃいけないんですよね。
   お一人暮らしで大丈夫なんでしょうか?』
先生『そこなんだよね。』




 医者の「資格」としてこちらから患者にコンタクトをとる事は通常許されていない。
「予約」を「強要」することにつながるからだ。事件性がなければ警察も動いてくれないし。そして豈図(あにはか)らんや翌日から彼女は来なくなった。ただ毎日ものすごい
勢いで電話は来る。具合が悪くて動けないらしい。何度も何度も電話してきてドクターに変わるまでわめき続ける。妄想にうなされているらしく意味不明のうわごとも多い。



       ドクターは丁寧に丁寧に対応していた。



 長時間の電話を何度も何度も繰り返し、とにかく食べる事休む事、いつでも
救急車を呼ぶ事(万一の場合はこちらで電話してあげる事も出来る)を教え込んでいた。



       そしてその電話も問題の金曜日以来、ぱったり来なくなった。




 うちはプライベート医院だから彼女を保険適用の専門施設に送り込む事が出来ない。
それは彼女の担当医(医療保険医)に任せなければならない。担当医のところに行けないならば救急車を呼んでもいい。同じ経過を辿るはずだ。うまくいったらいいのだけれど。あれから、どこからも誰からも何も言って来ないという事は、おそらく最悪の事態には
至っていないという事なのだと理解している。



 愛している、愛している、彼の事を胸焦がれるほど好きなんだ、と繰り返し私に語った
ジェレミーさん。あなたはおそらくまだ面と向かって告白はしていないでしょう?
待っているから、その時を。どれほどの「想い」に溢れていたかを語り終える時
きっとあなたは癒されると思う。



 私は希望を捨てずに待っています。


(おしまい)






            風船の浮かせ方    by Taro Y.












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